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東雅
十五/草卉
劇草かきつばた〈◯中略〉 万葉集には、垣旗また垣津幡などの字お用ひて、かきつばたと雲ひけり、後の人また杜若の字、読てかきつばたといふなり、即今俗にばりんといひ、かきつばたといふ者は、相似て同じからず、今いふ所のばりんは即馬藺也、かきつばたは即今紫羅欄、俗名墻頭草、一名は高良薑といふ是也、かきつばたといひしは、其花の垣下にさきたつるおいひし名とこそ聞ゆれ、〈本草図経に拠るに、馬藺子は葉似薤而長厚、三月開紫碧花、五月結実作角子、江東頗多、種於庭階、呼為早蒲と見えたり、補筆談通雅等の書に拠るに、杜若即高良薑也、楚地山中時有之、大者曰高良薑、細者為杜若、唐時陝州貢之と見えたり、また花鏡には、紫羅欄俗名墻頭草、一名高良薑、葉似蝴蝶、而更潤嫩、四月中発花、青蓮色、葉弁亦類蝴蝶花、大而起台、紫翠奪目可愛と見えたり、彼是お併せ見れば、我国の古にありては、今の如くにかきつばた、ばりんなど分ちいふにも及ばず、すべてかきつばたと雲ひしお、倭名抄には馬藺おもてかきつばたとなし、世の人また杜若おもて、かきつばたといひしに因りて、後に倭名抄にいふ所のものおば、其字の音によりてばりんなど分ち呼びしなり、杜若即高良薑、紫羅欄一名高良薑などいふ説に依らむには、我国に〉〈して杜若の字お用ひて、かきつばたと読みし、非也とも雲ふべからず、近き頃ほひ、或人〓州府志海澄県志等に拠りて、渓蛮叢笑に見えし燕子花、此にいふ所のかきつばた也といふなり、紫花全似燕子などいふは、似たる事は似たれど、叢笑には生於藤也とも見えて、また正しく其物おも見ねば如何にとも思ひ分たず、〉