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茅窓漫録

さふらむ花さふらむは近歳刊行せし六物新志に載せてより、始めて西洋欧羅巴、亜弗利加、亜細亜洲の諸国に生ずる、草花の蕊なることお人皆知れり、それまでは蛮国に生ずる紅花お、蜜にて製するものといひ、其草の形状知れざるゆえ、此邦山中に生ずる猩々袴といふ草お充てたる人もあり、漢土にも時珍の綱目までは知れざるにや、湿草の部に番紅花お出だし、釈名に洎夫藍撒法郎おならべ載せて、西蕃回回地天方国の紅藍花なりといひ、又獣部羊心の附方に正要お引きて、洎夫蘭は即回回紅花なりといひ、同腎の附方にも洎夫蘭と書けり、遵生八揃には撒夫蘭とも書けり、皆是蕃名お字音に仮借する者にて、実物お見ざる故なり、形状は新志に載せて、一種花の中心三線の蕊おなし、細き長舌の状に似たり、その色赤黄にして味辛く、少苦お帯びて、油気のあるに似たり、其気芳烈にして人の鼻お撲つもの、又一種春苗お生じ、秋に至りて花お開く、六弁にして其色緋黄、其香百合に似たり、花後に実お結ぶ、ともに三房おなす、根は韮蒜(にらこびる)に似て、毬おなせり、然るに品類ありて、形状其地に随ひて少々異なりといへり、さもあらむ、以前浪華蒹葭堂へ、蕃国より贈り来るお写真し、一幅となし、人に見せらる、予〈◯茅原定〉其図おこひ得て援に摸す、〈◯図略〉新志に載せたるものとは、形状また少々異なり、万国地球図に載せたる形状ともおなじからず、いかにも種類多しと見ゆ、此品近歳貴賤一統に珍重し、其価韓参に等しくすれど、時珍の綱目には、心気鬱結、或は活血驚悸の症のみに用ひて、格別の功能お載せず、近歳主治お法のごとく数人に用ひ見るに、功能奇験格別の事更になし、兎角にも末世に及びて、貴賤一統奇お好む癖情、世と推し移ると見ゆ、いふ程の功能奇験あらば、漢土の書にも多く載すべし、当今清朝の方書、多く舶来するにも未見当たらず、此邦の主治方書は、往古より大抵漢土お法則とすれば、風土人情格別に異なる事はあるまじ、