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古今要覧稿
草木
すくなひこのくすね 〈いはとくさ 石斛〉すくなひこのくすね一名いはくすり、一名みたから、一名いはどくさ、一名ちくらんは、漢名お石斛、一名林蘭、一名杜蘭、一名千年潤、一名長生草おいふ、古者出雲国諸郡に産するよし、其国の風土記にみえ、伊豆、下野、陸奥、美濃、紀伊、備後、安芸、丹波、但馬、伯耆、周防等より、これお貢せし事、延喜式にみへたり、今は豊前、伊予、筑前、摂津、土佐、薩摩等の山中にも、往々これあり、其状大略木賊に似て寸寸節あり、内実して肉の如く、長さ三四寸、或は六七寸、其頭細竹葉に似て稍厚き両三葉お生じ、白花お開く事、建蘭の如し、憶に此種は紹興本草図する所の、温州石斛と全く同種なるべし、又一種淡紅花のものあるよし、物類品隲及び本草啓蒙に見へたれど、本草綱目に、石斛開紅花といひ、また雲南通志に、五色石斛出禄勧普渡河石壁紺紅者佳といへるものは、ともに国産いまだ詳ならず、釈名すくなひこのくすね、〈延喜式、本草和名、和名抄、〉按に少名彦命は皇朝医薬の祖神なり、くすねは即くすりの義、蓋し太古の時、少名彦命此薬お以て衆病お療せしより、かヽる名は出来しものなるべし、凡人の名お以て薬名とせしものは、我のみならず、徐長卿劉寄奴の類、西土にもいと多し、いはくすり、〈同上、按に此草岩上に叢生す、故に名づく、〉みたから、〈大同類聚方〉按にみたからは即御宝の義、上古の人此薬お尊ぶ事、猶珍宝の如くなりしより、名付しなるべし、いはとくさ、〈千金方薬注本草啓蒙、按に此もの石上に生じ、状木賊の如し、故に名く、〉ちくらん、〈本草啓蒙薩摩方言、按に此即竹蘭の意なり、〉せんこく、〈同上、紀伊方言、按にせんこくは、即石斛の訛伝なり、〉石斛、〈神農本経、按に石は石上に生ずる義、時珍雲、石斛名義未詳、〉林蘭、〈同上、〉杜蘭、〈証類本草引名医別録〉按に蘭はその花葉頗る建蘭に似たるによりて名づく、按に林杜の字、疑らくは原一は正字一は誤字なるお、後に誤りて一名とはせしものなるべし、凡本草中この類おほく有、金釵石斛、〈本草衍義荊州記〉按に宗奭雲、金釵石斛、蓋後人取象而言之、時珍雲、其茎如金釵之般故名、今蜀人栽之呼金釵花、荊州記雲、来陽竜石山多石斛、精好如金釵是矣、千年潤、〈本草綱目、典籍便覧、按に時珍曰、経年不死、俗称為千年潤、〉長生草、〈物理小識、按に即千年潤の意なり、〉