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大和本草
七/花草
牡丹 中華にて花王と称し、花の富貴なる者とす、中華に洛陽の牡丹お名産とす、日本に上代はいまだ牡丹なかりしにや、万葉古今集等には詠ぜず、詞花集に新院〈崇徳院〉位におはしましヽとき、牡丹およませ給ひけるによみはべりける、関白太政大臣〈藤忠通〉咲しよりちりはつるまで見し程に花のもとにてはつかへにけり、倭名ふかみ草、又はつか草と雲、此花凡二十日ありと雲、古は左ほど賞玩もなかりしにや、歌人の詠多からず、中華にも神農本草に牡丹おのせたり、上代よりあれども隻薬に用ゆ、其花お賞する事、唐より以前はまれなり、鶴林玉露曰、牡丹自唐以前未有聞、至武后時、樵夫探山乃得之といへり、中華にも唐以前牡丹の好花はなかりしにや、文士の詠作なし、日本にて古代賞玩なきことむべなり、古代に牡丹ありとも、今の艶麗なる花は未可有、牡丹、芍薬、躑躅、山茶、百合等、人の好み盛なるによつて好花いできて、変態百出するは近年の事也、今又冬牡丹あり、八月より葉出て十月より花さく、臘寒の時も花あり、凡如此なるは、人功お以天地造化の力おぬすんで成之、良に可恠也、近年本邦に牡丹お賞する事甚盛なり、欧陽永叔が牡丹の譜に、牡丹の名九十余種お載たり、今日本所在其品甚多し、