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農業全書
十/薬種之類
牡丹牡丹は是お花王と雲、しかるに花お見るのみならず、根おとり薬種とし、猶良薬にて多く用ゆる物なり、是も山城にて多く作る、花一重にして白く、又は紅紫なると、両様お薬種に用るなり、子おうゆる法、秋実よく熟し黒くなりたる時取置て、肥地お尚もよく糞し、なる程細かにこなし、熟しおき、二月蒔べし、子かたく皮厚く、其まヽうへては生じかぬるゆへ、中までは痛まざる程少かみて、皮にちとわれめおつけてうゆべし、又は秋実お取て、深くよく肥たる地に、其まヽ蒔置て、糞土お以ておほひ、寒の中馬糞お多くおほひ置たるは、歯がたお付ずしても春になりて生出る物なり、南向の所に蒔べし、移しうゆる事は、一二年にもかぎらず、苗四五寸ばかりの時、九十月の比よし、うゆる地の事、区お広さ二尺余にして、一尺五寸程深くほり、埋糞に牛馬糞枯草など多く入れ、人糞の類は入ずして、肥土お以てふさぎ、区(まち)と〳〵の間、三尺余に一科(かぶ)づヽうへ置て、毎年馬屋糞、其外糞お多くおきて、四五年の後根お掘取べし、浄く洗ひ、手にておしはり、曲らざる様にして、干おくべし、売て厚利の物なり、猶毎年は根おとらずして、二三年に一度づヽ掘取といへども、手入により根甚はびこり、其上斤目多物なるゆへ、過分の利お得べし、是久しくして、利お見る物なるゆへ、廻り遠き事の様なれども、沙池の肥たる暖なる所にて、いつとなく年々に苗おうへ立置ば、却て他の作り物より手間も入ず、無生作にて利潤は多し、殊多く作りたらば、若〈し〉間に勝れたる名花も出来べし、然れば一へんの利売のみにあらず、面白くやさしき作り物なり、