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剪花翁伝
前編二/三月開花
牡丹(ぼたん) 季は四月なれど、剪花者は好て蕾蓓お剪お以て春牡丹と称す、花の色赤、淡紅、中紅、濃紅、底紅、紫白朱諸色班入等、花名数十種枚挙すべからず、開花三月末八十八夜頃也、方日向、西北の塞がりし所いとよし、春彼岸より専ら風透およくすべし、地花壇三分湿、土回蔯、肥寒中大便、移春彼岸、又立冬前後よし、接春彼岸切接にすべし、春芽出し前油粕お入べし、又十日ばかり経て一度、又同じく一度、都合二十日に両度許入べし、花の時に雨覆ひすべし、夏月炎天に葭簀もて日覆ひすべし、花辰の刻より開きて直花乱れ、花共に約やかに正しく、未の刻より葩収て蘂お掩ひ包む、翌日亦開くこと昨日のごとし、是のごとくなること、四五日におよぶお上花とす、下花なるは開し形ち約かに正しからず、葩外裏に反て、聊も蘂お掩ひ包まずして凋む也、さて花壇の花の明日咲べきお、今日開かんことお需ば、両三日已前より藁筵などおもて四方お囲ひ、油障子お覆ひ、天日お隔て受べし、乃今朝開花すべし、又今日開くべき蕾お明日迄保たせんには、若茎而已お昨夕方に剪て、逆水おかけ水器に入、雨風の当らぬ冷陰の所におくべし、冷窖あらば愈よし、夜に入て水器と共に紙袋お覆ひ、戸外の庭に置く、雨も亦厭ふべし、戸外は夜分冷気強し、斯して明日まで開かず、〈◯中略〉因に雲、千両牡丹是春牡丹の一種也、開花も育方も上に同じ、花の色初開は極紅にして、中頃は白く、後は淡紅になる也、毎一輪に是のごとく色変れり、此樹は池田北の口より三町許北、木の部村、牡丹屋嘉十郎の庭中に在、是一家の珍花にて、剪花者の扱へるものにあらざれど、名種たるおもて出せり、