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製葛録
葛製法前日堀かへりたる根お、其夜か又は翌日に製すべし、幾日も置べからず、先土およくこそげ落すべし、水にて洗へば正味減ずるとて、洗はざる所あり、又洗ふ所もあり、扠面の平かなる石お其家の庭にすえ置、其上に根おのせ、家内三人あらば三人打寄、槌おもて扣(たヽ)きひしぐ事懇にして、扣終りて桶の中にいれ、又水お入、手にてもめば、水は灰色となり、根は苧すさの如き筋と成也、是お絞りあげて、灰色に濁りたる水お〓(いかき)〈関東にてはざるといふ、九州にてはそうけといふ、〉にて漉て、外の桶にいれ、〓に残りたる筋の切々と、皮の落たるは取捨、しばらく置ば桶の底に砂たまる也、上の濁り水お別の桶に入、砂はとり除け、別の桶のふちに竹簀(たけす)お置木綿袋おのせ、其中に濁り水おくみ込、口おしつかりとくヽり、豆腐お絞る如くして絞れば、濁り水は桶に落糟は袋に残るなり、袋の中に残りたる細かなる糟と、初め取除きたるすさの如き筋と日に干置、荒きすさの如くなるは、竈の下の焚付となし、細かなるは目のあらき水囊にて通し、飯お焚に煮あがりたる時、少し宛入て焚あげ交れば、黒き色の飯と成也、猶壱合入れば米弐合にもありて、糧と成もの也、此糟お九州にてはかんにいと雲り、又は貯へ置て、飢饉の手当にもなし、或は麦の粉米の粉の団子の中に交てもよし、扠右の濁り水お又袋に入て、別の桶に紋り込歟、目の細かなる水囊にて漉し込て、少しも糟なきやうにして、半日も置て見れば、上水澄居るなり、此澄たる水だけ桶おかたむけ水おすため、〈すたむとも、すたむるとも、はへるともいふなり、〉又水お入棒おもてまぜ、如此する事凡三四度にして、夫より一日も置て、又上水お懇にすたむれば、葛は白く下におり溜りて、どろ〳〵位になりたるお、別の桶に静にうつせば、下に黒き葛居り溜る也、是は別にのけ置、白き分に又水お入かきまぜ、一昼夜半も置ば、葛計り下に堅く付、上水澄てうきたるお、したみ取ば、上面に少し濁りたる垢付也、是は布巾にてふき取、庖丁おもて〓此ごとく切目おいれ起しとれば、下面へ取残しの黒葛付居るおけづり取除、白き分お麹蓋のやうなるものに入、干乾かすべし、此時若庖丁にて起すに、ゆるく水気あらば、半日又は一日置ば、水は上に浮堅くなる也、急に干んと思ふ時は、釜の下の灰お庭に盛立程よく散し、少し中窪にして、其処へ桶なる葛おうつしあくれば、〈此時取残りの黒葛、底にあるおよくとりわくべし、〉水気は灰に吸込み、葛は堅く成也、是お取上れば、灰と葛とは少しも付ず、葛計きれいにとれる也、是お手にて細かに欠とりて、麹蓋のやうなるものに並べ干乾かすべし、此干揚たるが則灰葛粉なり、扠除き置たる黒葛は、灰葛同様に、灰にて乾かし、干揚て貯てよし、多くは其時々生にて蒲鉾のごとくかためて、厚二分位に切て茹、塩に付、又は醤油味噌抔付て、夕飯のかはりに食するなり、一日の堀分にて交ものおすれば、三四人一度に食する程はあるもの也、又は豆の粉砂糖などまぶし喰すれば、白葛にて拵へたるより、香気ありて美味也、併〈し〉少し土くさき気味あり、又大和吉野郡にての製法は、山より堀来る葛根お水にて洗ひ、にぎりこぶし位に切て、碓にて踏くだき、桶に入、水お入て手にてもみ、糟おすて濁水お袋に入絞り、又一へん袋にて漉し、能まぜて二時も置ば、上水すみて葛は下へ著お、桶の横に〓此ごとく栓おつけ置、呑口おぬけば水は出て、下に著たる葛ばかり残る也、夫お一日置ば、ます〳〵葛は堅く桶の底に著、上に又水の浮たるおしたみ尽し、葛お庖丁にて起し、下面に著し黒葛の分お削取、白き計お又桶に入、水おいれてかきまぜ、半日又は一日置ては、栓おぬき上水お捨、又水お入かきまぜて、元の如く都合三度すれば、葛の色白く上品に成也、然して三度目には一日半も置、水およくすためきり、葛お庖丁にて起し、手にて程よくわりて、麹蓋に置て于乾かす也、初め刮げ除たる黒、葛は、又水お入とかして暫置ば、桶の底に砂たまる也、是お又別の桶に入、砂およく除きさりて一日置ば、底に葛はたまり、水は上に浮およくしたみ尽し、堅く成たるお庖丁にて起し、白葛同様に干て、貯おく事もあり、多く其日々々食する事也、葛の性に国所土地又は寒暖によりて、強きあり、弱きあり、大坂紀州辺にて晒葛とするには、強弱お調合して晒し、諸国に商ふ、又京大坂にては、麩おとりたる跡のじんといふものお、扇の地紙に引糊とす、色白き事晒葛に似たれば、水干(すいひ)して塩気おとり、晒葛と号し商ふ、猶見分がたし、白粉に交るものは、吉野葛にかぎれりと聞けり、是は性弱きがゆえ也、弱はのびよし、薬に用ふる葛根は寒中に堀たるうち、実入よくすべの宜きお、長さ壱尺五寸、厚八分又は壱寸位、竪わりにして日に干、和薬屋へ商ふ、又は葛根湯等にもちふるやうに、細かに刻て出す事もあり、〈◯中略〉  曝葛の仕法右に記す所の灰葛お、酒造家に用ふる位の半切桶に三斗入、清水お汲入、棒おもてかきまぜ、能くとかして水囊にて漉し塵お去り、其儘に覆ひおして半日も置ば、葛は下に沈み著、水は上に浮なり、此水おかたむけ捨、又元の如く水お入かきまぜ、二日程も置て上水おすため、底なる葛の堅くなりたるお、前条にも雲如く、泥漫(こて)おもて起し、下面に著たる黒き砂まじりのものおけづり取り、白きばかりお、又水にかきまぜ、木綿の袋にて漉て一日程置、上水おすたみ、又水お仕かへ、如此する事数篇にして、十四五日も過れば、葛存分に白く成る、其れお度として、能々水おすたみすて、泥饅おもて始の如くつき起し、手にて程よくわり、麹蓋に入、干乾かせば、曝葛と成る也、猶是は田舎にてのさらし法也、大坂紀州辺の晒屋にてさらすは、又格別道具も揃ひ、日数早くあがる術あるべし、晒場は家の外に、屋根ばかりの小屋お建て晒べし、扠初め起したる葛の下面の方、壱分ばかりも土気まじれば、是お削てとり置たる分は、又水お入掻交て暫見合、上の白水お別の半切に静にすため取、底に残りたる砂は捨べし、白水の分も水お仕替て、跡より仕込分に入込て用ふべし、凡晒揚たる葛粉、壱斗にて四五合のわりには減ずるなり、曝には寒中お最上とす、然れども九月より翌三月迄は宜し、水暖になりては悪し、