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大和物語

亭子院に、みやすむどころだち、あまたみそうじしてすみ給ふ事年比ありて、河原院のいとおもしろくつくられたりけるに、京極のみやすむどころ〈◯宇多后藤原褒子〉ひと所のみそうしおのみしてわたらせ給にけり、春のこと成けり、とまり給へるみさうしども、いとおもひのほかにさう〴〵しき事おおもほしけり、殿上人などかよひまいりて、藤の花のいとおもしろきお、これかれさかりおだに御らんぜでなどいひて見ありくに、ふみなん結びつけたりける、あけてみれば、 世中の浅き瀬にのみ成ゆけば咋日のふちの花とこそみれ、とありければ、人々見て、限なくめであはれがりけれど、たがみさうしのしたまへるとも、えしらざりけり、おとこどものいひける、 藤花色のあさくも見ゆる哉うつろひにけるなごり成べし、