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草木六部耕種法
十九/需実
蒲桃(ぶだう)も名誉の果物なり、種類に黒、紫、白の三色あり、白色なる者上品とす、且其白色中、皮美く透明(すきとほる)が如くなる者有り、此お水晶蒲桃と名く、即是お最上種とす、宜く此種お作べし、此物は種子お蒔も、能生ずる者なれども、早く繁蔓て実お結しむるには、〓木(さしき)にするより良は無し、地お撰で能〓たるは、其年内に実お結ぶ者なり、且其蔓の繁り延ること極て、盛にして、一年の中に四方数丈の間に蕃衍する者なり、此お作る地は、能く肥たる北向の山畑に宜く、或岩石の間なる土地も能く繁栄する者なり、或水田お乾て此お〓木するときは殊更に宜し、此お穿挿する法は、去年出たる枝の無名指太(くすりゆびのふとさ)なる、利刀お以て、長三尺許に断り、正月下旬より二月中旬頃までの間に〓べし、先の細棒或竹杖等お用て、一尺程お隔て地に穴お二つ突べし、其深五六寸にて宜し、偖其蒲桃の枝の本末お其穴に挿込て、其根辺の土お軽く蹈付置て、乾過ざる許に泔水お澆ぎ、時々潤すときは、春暖の陽気お得て直に芽お出す者なり、最初の間は其根辺に種々の雑草生ずると雖ども、耘らずして捨置くべし、土用過に至り蔓の頗延たるに及て、他草お悉耘り根お去ること一尺余お隔て、土お穿り糞苴お埋べし、寒中に至て其挿たる枝お能く閲して、二本の内の強壮なる一本お遺し、弱き一方おば利刀にて伐棄べし、且又寒中糞お埋るお要とす、翌年の二月までに棚お構て、其上に蔓延しむべし、〓木は二年目より必実お結者なり、 蒲桃お多く作らんことお欲するときは、棚亦数多構ずんば協べからず、凡蒲桃棚は大抵長五間横二間、高八九尺にもして、大風に吹倒されざるやう、丈夫に構べきこと専一なり、蒲桃は幾本にても適宜に穿挿して蔓縈しむべし、棚一け所十坪づヽなるお以て、一段の畑に二十二棚以上は構難しと知べし、偖其一棚の葡萄能く豊熟するときは、三四駄の実あり、然れども此お二駄づヽと積ても、二十二棚にては四十四駄の実なり、甲州山梨郡勝沼岩崎二村は、葡萄名産にて、火く此お作り、年々八千駄許づヽ生ずと雲ふ、其中三千駄許は其の処にて八き、二千駄許は、乾葡萄及葡萄膏、葡萄醢等に製し、〈葡萄一駄と雲ふは十六籠にて、一籠の秤量一貫七百目なり、籠は巾五六分なる身竹の薄お五枚にて組み、横は二枚なり、縁底共巾一寸の皮付竹にして、横巾九寸、長一尺三寸五分に製す、此に詰るには、先小麦稈の宜からざるお、一〓づヽ根お中央にして左右に振分て、又正中に籠丈に小麦稈一〓お切て並べ、其上に信疎き藺稈の糸立の如き者お敷き、其上に葡萄お三重に並ることなり、且詰ときに「しやみ」「しひな」お切棄て、色鮮なるお上に置き、一籠に五十六七穎より六十穎お限とし、大なるは五十一二穎なるも有り、〉其余三千余駄は江戸に輸て売り払ふ、〈勝沼駅より江戸まで一駄賃金三歩づヽなり、宿継にするときは金二歩にても達すれども、斯の如くするときは中荷も傷み、且又実も脱て却て損多しと雲ふ、江戸問屋神田に三軒、宮田屋、池田屋、岩城屋、別に四谷にも一軒あれども、此には下品なる荷のみお輸由なり、大抵直段一駄金二両一歩位より、金三両一歩位まで、小判一両七十匁、銀一割の口銭にて端銀は八掛六四にて割、仕切は十月十一月皆済に定て、従来滞りたること無く、時に内金おも請取と雲ふ、〉 勝沼岩崎二村にて葡萄お作るには、大抵一畝二本、一段二十本、一町二百本、炎熱の年には一本の蕃衍する者は一駄余りも実お生ず、毎年五月中頃にはえのみと称して、豊熟の姿顕る者なり、甲州の葡萄棚九尺間に七八寸、囲りの〓斯の如き三俣、本八尺許なるお二尺埋込て、高六尺に棚お造り一間に渡し、竹五本づヽ架るお定法とす、毎年正月下旬より二月上旬迄に、竹の縄目お結び直す、芽出の時分に至り俗にぶんてうと雲ふ小蝶、日夕につるみて飛来て枝に泊り、朝日の出る頃に児お枝に産み付て飛去る、其児悉く虫と化て葉も芽も喰ひ尽すに至る、日出ざる前に棚下お巡察して、見当り次第に打殺べし、既に日光に遇ふときは飛こ卜速にして及べきに非ず、万一此お殺さヾるときは、枝の下裏の方に児お産み付け置くお以て、小刀にて削去べし、此お捨置くときは大なる禍なり、又羽光て三分許なる小金虫(こがねむし)の如き虫お、木皮間より生ず、此おも速に取り去べし、別にだいぎりと名くる虫あり、此は葡萄二年木三年木の枝中より生ず、此虫生じたる枝お上より視れば、少し黒く色附者なり、其処お小刀にて削り虫お去べし、此お早く除ざれば木お喰廻が故に、其処より根本は害しと雖ども、其より末は皆悉く枯者なり、 甲州にては実生の葡萄には実結ざる者と心得て、専ら圧条(とりき)と〓木して其株お多す、然れども是は未だ実生に実お結しむるの法お知らざるなり、且其肥培お用るも、大地に溜桶お埋め雨覆して下水お湛へ、酒粕と糠お饒に調和して、寒中根辺に濃糞お澆ぎ、且毎年薄き、水糞お用るのみ、未だ葡萄お作るの善お尽せる者に非るなり、又勝沼にて圧条にしたる二年木お、一根金二銖づヽに粥く、右様の事にて、右二村毎年万金以上の盛産なるお観れば、葡萄お作る利潤の広大なることお察すべし、若此お海運自由なる土地てに作らば、其利愈大なるべし、近来葡萄お作る者は、甲州種お称すと雖ども、我家別に良法有て、其実の小者は培養お以て大粒にし、其味の甚酸して且苦者おば糞苴にて、此お甘美にするお以て、白蒲桃の種なれば、何れにても早く挿て早く蔓延しむるお利とす、但水晶種なれば殊に宜し、 乾蒲桃お制するには、能く大なる実の未だ熟過ざるお採て、蒲桃二升ならば、先ず銅鍋に蜂蜜一升お煎じ、其沸たるに臨み、蒲桃お入れて五六沸も煮染め、籮に揚て蜜おば垂し、此お隠乾にするときは、多日ならず皆能く干固ものにて、其味極美なり、且能く手入するときは、土用お越て貯ると雖ども、損すること無し、近来漢土人此お時々持来ること有り、舶来なるは最上品にして佳昧なり、又甲州にても干葡萄お製す、然れども其品大に舶来の者に劣れり、其製法の麁にして、蜜亦下品なるが故なり、愚老〈◯佐藤信淵〉先年土佐産なる上蜜お用て製せしに、甘味極て美なること、遥に舶来の上に出たる佳品お得たり、故に干葡萄お上品に製せんと欲せば、宜く極上の蜜お用べし、