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農業全書
十/薬種之類
当帰当帰は種子お取置事、去年の苗おうへ付にして、当年花咲子おむすびて、秋よく熟したるお収め置べし、又は去年のかぶお移しうへて、たねお取もくるしからず、其畠肥地ならば、糞お用るに及ばず、瘠地ならば見合せ、過ざるほどおはかりて、糞お入べし、茎あかく実の所も色付たる時、取てもみ、粃お簸去りて袋に入れ、つり置べし、青く不熟なるは、少も交おくべからず、早くたう立て根に入ず、苗地は寒耕し、いか程も細かにこなし、さらし置、是又瘠地ならば寒中、糞おうちたるよし、、畦作り、菜園に同じ、種子お下す時分は、正月中お定る時とするなり、若寒気つよくば、二月早く蒔べし、おそきは宜しからず、生て後草あらば去べし、万の手入、菜の苗の仕立にかはる事なし、移しうゆる地は、いかにも性よき細沙の交りて、少はねばり心もある牛蒡など作るやうの、つまりたる肥地よし、明る二月移しうゆる物なり、畦作り麦お蒔うねのごとくすべし、がんぎお一尺ばかり間おおきてきり、ならび五六寸に一本づゝうゆべし、先苗おほりおこし、うゆる所に、杖のさきにて深く穴おつき、一本づゝさし入れ、根さきの底につかへぬ程に、ふかくさすべし、さし入れて穴の廻りくつろぎあらば、是又杖のさきにてつきうづむべし、苗の大小おえり分、一畦の中大小なくそろひたるおうゆべし、こやしお入る事、当帰は五月と八月と二け月、取分よくふとりさかゆる物なるゆへ、此時にきゝわたる心得して、前方より時分おはかり、糞お多くかくべし、五月は梅雨の後よし、猶五月のみにかぎらず、さい〳〵こえお用ゆる物なれど、此時殊によき糞お多く用ゆべし、糞は何にてもよし、人糞、ほどろ、鰯、油糟などは取分よし、中うち、草かじめ、さい〳〵すべし、されども土余り和らか過れば、根の性うつくる物なり、山城の富野、寺田などいふ里、専ら当帰お作る所なり、其所の土は、細沙に土と河ごみの交りて、赤土も少々まじれる、牛蒡の出来る土の性と見えたり、凡土の性よはき所、悪土の交りたる地などは出来あしく、薬性も宜しからず、大方の土地には作るべからず、是お掘取事は、十月に入て、すきか鍬にて根のきれそこねざる様に、かたはしより念お入れほるべし、悉く掘取て、浄く洗ひ乾しおき、茎の所お細縄にて四五寸廻りにたばねおき、釜に湯おにやし立、其中に茎の方お下になして入れ、湯煮おするなり、其ゆで加減、根の方おひねりて見るに、指お捻る様に、和らかに覚る時先あげて、さて又根さきの方お下にして少煮て、是も捻り心みて上るなり、残らず湯煮し上て、日当の所に、竹にてならしお、二段と三段も横にゆひ、衣桁のごとくして、大きは二かぶ、小さくば四科、茎の中程おわらにてゆひ、竹にうちかけ干なり、又筵に干時は、頭の方お上になし、ならべて段々におくべし、よせかくる心なくては、根先おるゝ物なり、さて干上て後、蘆頭に茎の方お五分ばかりかけてきり揃へ、箱に入れおくなり、久しく収めおくならば、箱の内に樟脳お段々ふりかけ、箱のすみ〳〵おば、紙にてはりおくべし、凡一段の畠に、大かたの直段にても、代銀四五百目は有と雲なり、是は当帰お薬屋の仕立収る法なり、本法は湯煮したるは、性うすくなりてあしゝ、生ながら数日よく干すべし、壺に入おきて、梅雨の前四月に一度、梅雨の後一度、八九月に一度、凡年中に三度干べし、かやうにすれば薬性よく、幾年おきても虫喰損ずる事なし、是よくためし心見たる良法なり、其味薬屋にある物にくらぶれば、甚甘くして味よし、本草に当帰お湯にて煮事見えず、日にほして、あつき中につぼに入、口おはりておくべし、時珍が説に見えたり、