[p.0436][p.0437]
玄同放言

山牡丹〈山橘(○○)附出◯中略〉〓憲深秘抄に、山橘は牡丹也といへり、是よりして後、万葉集に牡〓の歌ありといふものさへあるはこヽろえがたし、万葉集〈第四〉 足引之(あしひきの)、山橘乃(やまたちばなの)、色〓出而(いろにいでて)、語言継而相事毛将有(かたらひつぎてあふこともあらむ)、 春日王同第十九 此雪之(このゆきの)、消遺時爾(けのこすときに)、去来帰奈(いざかへな)、山橘之(やまたちばなの)、実光毛将見(みのてるもみむ)、 大伴家持同第二十 気能己里乃(けのこりの)、由伎爾安倍氐流(ゆきにあへてる)、安之比奇之(あしびきの)、夜麻多和波奈乎(やまたちばなお)、通刀爾通弥許奈(つとにつみこな)、けのこりは頃日也、雪にあへてるは、万葉略解〈廿下〉に相照也といへり、つとにつみこなは、家裹(つと)に摘(つみ)来(こ)よ也、こヽにいふ山橘は薮柑子(やぶかうじ)の事也、大和本草〈巻十一園木部〉平地木(やまたちばな)の集解に、遵生八揃、画譜、済世全書、及古今集栄雅が注お引きて、俗にいふ薮柑子也といへり、しかれども大医博士輔仁〈深江、日本〓略作深根、見醍醐〓延喜十八年戊寅九月十七日条下、〉本草和名〈上巻〉雲、牡〓一名鹿韮、一名鼠姑、一名百両金、〈出蘇敬注〉一名白朮、〈出釈薬性〉和名布加美久佐(ふかみくさ)、一名也末多知波奈(やまたちはな)といへり、かヽれば深秘抄なる説お僻事としもいひがたし、かくはいへども同名異物和漢に多かり、〈右に録せし釈薬性に、牡丹の一名お白朮といふが如し、〉彼一説に泥むもの、万葉集なる山橘お牡〓也と思ふはたがへり、この他古今集〈十三〉新撰六帖〈第六〉夫木抄〈二十八〉等に見えたる山たちばなの歌も、皆平地木およみたるなり、こは万葉集およくも見ざるものヽ為にいふのみ、牡丹はふかみくさといはんこそ正しき和名なるべけれ、今さま〴〵なる異名お負するはうるさし、〈◯下略〉