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橘品類考
橘白生葉(ふいりは)品類近世さま〴〵の化樹(かわりき)お生ず、人々これお以て賞玩することおびたヾし、なかんづく城州男山の麓に此道好事の人ありて、常たちばなの実お植て、七種の化樹となす、この種弘りて所々に化樹お生ず、これお八幡七化(やわたなゝばけ)といふ、凡からたちばなの種お植るには、随分極上の橘おえらびて植ふべし、常橘といへども、随分勢力つよく、きづなき実おえらびて植ゆべし、春のひがんすぎてこれお植、士かげん、砂五分 但し極上のまいだまりおよしとす土五分 但し清痩の土お用ゆべし、こへけある土おきらふ、凡て菓木のるいは、人気お受てよく盛なりと、本草綱目に見へたれば、やしき廻り人家の土およしとす、又人煙遠きところの清痩の土おもよしとす、花史に陰地お好とあるこれなり、但し種お植て後、土のかわかざるよう心おつくべし、土かわく時は種いたむなり、四季の内、夏冬は座敷に入て囲ひ、暑寒おいとふべし、しかれども草木は天地の気お受て育するものなれば、折お見合して夜気お受露おとりてよし、大寒の節珍重して箱などに入ることあり、これもよけれども、冬分至て暖気になす時は、樹自然と春暖の気お受て、新芽お吹出すことあり、時ならずして芽お吹出す時は、春過て芽おつくといふて、樹心おれることあるものなり、よく〳〵勘て暖気すぎざるよう心得べし、常橘の実お植て化(ばけ)樹お生ぜしむる法常橘の実お植て化樹となすには、人家の廻りにて十け所の土おとり、又人煙遠きところの清痩の土お七所にて取、各等分となし、先に雲ごとく砂に合して、橘の実おうゆべし、かならず化樹となりてはゆるなり、猶土は城州八幡の土お最上とす、八幡ばけの生し伝なり、但し人家の廻りの土とは、あるひは門口千載など、家舗の廻りにて陰地の土お取べし、又人煙遠きところとは、里はなれ家屋舗なきところなり、是も陰地おえらびて取べし、田畠など糞けある土お取べからず、大にきらふ、これ大に秘事なり、