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玄同放言

山牡〓因にいふこの両三年来の刻本、牽牛品、及朝貌通お閲するに、異様雑色、数十種お載せたり、しかれども黒牽牛はさらなり、黄花も亦希なり(○○○○○○○)、好むものヽ雲、今年真黄処々に出づ、これ未曾有の奇品なりといへり、按ずるに、元禄三年の印本、俳諧物見車の巻端に、朝貌に黄あり白きありといふ腰句お出だして、当時の俳諧師、似船、晩山、言水等数人に、上の五文字おおかせたるに、似船は末の世や雲々、常牧は僧いかに雲々、我黒は時世かな雲々、晩山は蝕の夜や雲々、と五文字お冠らせたり、又如泉は、当分は五もじ置きかね申し候と辞し、言水は朝貌に黄なるは希なりとのみいひて、五文字お置かず、方山は返答もせざりしよしお、その名の上に注したり、この事は北条団水が牘牛(ことひうし)に飽まで弁じたれども、こヽに要なければ贅せず、よりて思ふに、天和貞享のころ、牽牛花の流行せしことあるなるべし、もししからずば、黄花は今も希なるに、当初あるべうもあらず、あらずば黄あり白ありといふべからず、