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広益国産考

紫草〈根お用ふるものゆえ紫根とよべり◯中略〉 紫草お作る土地の事湿地の北うけ、あるひは山陰の陰地は忌べし、随ぶん日あたりよき地に作るべし、 砂真土の水気の滞ふらざる地宜し 黒ぼこと至つての赤土はあしヽ、 ねば土あし、 流水場などの、極砂土は宜しからず、 綿、麦などの能くできる地ならば、生育せずといふ事なし、蒔旬并地ごしらへ蒔旬は五月の中より、四五日まへに蒔て宜し、都ての作物に時節のたがひて宜しきものはなけれども、別して此紫草は時節おはづし蒔ては、生育あしきものなれば、其時おはづすべからず、早過てもおそくても宜しからず、 扠蒔べき畑は、先一面に塊おくだきて打ならし置、畦幅一尺五寸づヽ、小鍬〈其土地の鍬大ならば、少し小形の鍬にてきるべし、〉にて筋お引、畑一反に種子弐升五合お升やうのものに入、左りへもち、右の手にてひねり蒔にすべし、 此実お鶸どりよく好んで喰ふものなれば、蒔たる時其用心すべし、花咲実に成たるときは、猶更此防おすべし、 蒔終て麦の通りに土お覆べし、猶生出て間引くものにあらざれば、余り繁くしては宜しからず、随分むらなきやう蒔べし、併しあまりしげきは間引すつべし、 植肥しは糞の熟したるお敷て蒔て宜し、又は干鰯油粕の水には、だしたるにても宜し、何れも熟したるお用ふべし、もつとも麦まくより多く施て蒔べし、肥し手入生出十日もすぎて鍬お入、又引つヾきて二度も入べし、草多き地は三度もつヾきてけづるべし、生出て壱寸位に伸たる時、干鰯にても、油粕にても、穴肥にすべし、穴肥といふは、生出たる紫草の根際壱寸弐三分脇に、間五寸ほどづヽ置、穴つきと雲研木(すりこぎ)の先のごとき棒おもて突明、其中に干鰯の粉、又は油粕の粉お一とつかみお、二穴づヾに入て土おきせる也、又は干鰯お蒲簀(かます)に入、口お閉、其とぢ目の両方へ長く縄お付、肥瓶の中に水お入て、其中に十日もつけ置ば、干鰯の体とろける也、其時付おきたる蒲簀の縄お両手に持、かたみに引きてゆれば、干鰯の体とろけ水に出、骨ばかりかますの中に残る也、蒲簀は引あげ、中の骨お出し、干てくだき、外の植ものヽ肥しにすべし、扠其出したる水お葉にかヽらぬ様、根際に筋お引、其筋へ流しこみて施べし、麦などより肥しお多く施ざれば、根のはりあしヽ、又は糞の熟したるお施てもよし、 二番肥は弐寸五分にも成たる頃、見合せ施べし、 三番肥は土用前に施べし、猶一番に油粕、弐番に干鰯ならば、三ばんに糞お施べし、二番糞ならば三番お干鰯か油かすにすべし、 生出てより三十日もすれば、余ほど伸るものなれば、末壱寸五歩ほど、又弐寸も鎌にてはらひ刈に切べし、左すれば根のはり宜しく収納多し、 若小出来のときは、右三度の肥しの間に、何肥にても施べし、肥気ぬけては次第に黄色になり、枯る事あるもの也、依て肥しお抜目なくすること肝要也、余の作りものとちがひ、出来あしき時は、皆無同様のものなれば、手入肥しのさし引油断なくすべし、収納の事収納は秋土用に入日よりこきあげて宜し、根お用ふるものなれば、先根際に鍬お入、土おくつろげて引ぬくべし、日照つヾきて土かたき時は、水お沢山かけ、よくしみこみたるとき、土おくつろげ引てもよし、鋤お用ひざる所にては、鍬おうちこみ土おくつろげても宜し、いづれ根の切ざるやうにして引べし、 扠引ぬきて土おふるひ落し、其まヽ筵に入、三四日干すべし、曇天ならば五七日も干すべし、随分薄く干ざれば熱(いき)り来て、一夜のうちに腐ることあり、製法の事製しやうは、根と木との堺に両方へ少し芽出ある所より折て、根と木とお分べし、〈援に木といふは、茎の草なり、〉此折とき根の方へ木の付ざるやうすべし、木付ときは直段格別引下らるヽ也、扠根につきたる土砂お能ふるひ取て、水にてあらひたるやうにすべし、此根に色あるもの故、決て洗ふべからず、木と根お折分てより、又筵に入一両日干て、塵およく去りて俵に入べし、極上出来  畑壱反に五拾貫目  中出来 同四拾貫目 直段は紅花などヽ同じく、高下あるもの也、大体均(なら)し金壱両に付目方五貫目かへ位なり、 扠此紫草に山根と号し、山に自然生のものあり、幾年も立たるは、煙管のらう竹位に、箸ぐらいの大髭あるもの也、是は直段も格別高直也、薬に用ふるは此自然生のもの也、