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長崎夜話草

長崎土産物煙草〈◯中略〉 此草は、日本の東方にあびりかといふ国あり、此国に一人の美女あり、名お淡婆姑(たんばこ)といふ、国中の男子、此女お恋したふもの甚多かりし、死せし後まで世になつかしむ人多くて、ある時一人の男子、此墓に詣でしに、秋の日早く暮にければ、其儘にて通夜せしに、夜更て甚飢たり、仍そのあたりお探りみれば、草のかうばしきあり、一葉おとりて喰ふに、飢忽ちにやみ、身温かに冷風肌お犯す事なくして、障気お防ぐ事、酒お飲るが如し、此故に南霊草と号し、又は煙酒共いひ、あるひは相思草ともいへり、是より世界万国に流布す、一度此煙お吸ぬる人は、是お忘れんとてしも忘るヽ事あたはず、相思草の名最なるかな、