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源氏物語
四/夕顔
六条わたりの御忍びありきの比、うちよりまかで給なかやどりに、大弐のめのといたくわづらひて、あまに成にけるとぶらはんとて、五でうなるいへたづねておはしたり、〈◯中略〉さきもおはせ給はず、誰とかしらんとうちとけ給て、すこしさしのぞき給へれば、かどはしとみのやうなるおしあげたるみいれの程なく、ものはかなきすまいお、哀にいづこかさしてとおもほしなせば、玉のうてなもおなじことなり、きりかけだつ物に、いとあおやかなるかづらの、こヽちよげにはひかヽれるに、しろき花ぞおのれひとりえみのまゆひらけたる、おちかた人に物申とひとりごちたまふお、御随身ついいて、かのしろくさけるおなん、夕がほ(○○○)と申侍る、花の名はひとめきて、かうあやしきかきねになんさき侍けると申、げにいと小家がちに、むづかしげなるわたりの、このもかのもあやしう打よろぼひて、むね〳〵しからぬのきのつまなどに、はひまつはれるお、口おしの花のちぎりや、ひとふさおりてまいれとの給へば、このおしあけたる門に入ておる、さすがにされたるやり戸口に、きなるすヾしのひとへばかま、ながくきなしたるわらはの、おかしげなる出きて、うちまねく、しろき扇のいたうこがしたるおこれにおきてまいらせよ、枝もなさけなげなめる花おとてとらせたれば、かどあけて惟光の朝臣のいできたるして、たてまつらす、〈◯中略〉修法など又々はじむべきことなど、おきての給はせて、出給とて、これみつにしそくめして、ありつる扇御らんずれば、もてならしたるうつり香、いとしみふかうなつかしうて、おかしうすさびかきたり、心あてにそれかとぞみる白露の光そへたる夕がほの花