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今昔物語
二十九
幼児盗瓜蒙父不孝語第十一今昔のと雲ふ者有けり、夏比吉き瓜お得たりければ、此れは難有き物なれば、夕さり方返来て、人許へ遣らむと雲て、十菓計お厨子に入れて、納め置て出づとて雲く、努々此の瓜不可取ずと雲置て出ぬる後に、七八歳許なる男子の厨子お開て、瓜一菓お取て食てけり、夕さり方祖返て、厨子お開て瓜お見るに、一菓失にけり、然れば又此の瓜一菓失にけり、此は誰が取たるぞと雲へば、家の者共、我も不取ず我も不取ずと諍合たれば、正しく此れは此の家の人の為態也、外より人来て可取きに非ずと雲て、半無く責問ふ時に、上に仕ひける女の雲く、昼見候つれば、阿字丸こそ御厨子お開て、瓜一つお取り出て食つれと、祖此れお聞て、此も彼も不雲て、其の町に住ける長しき人々お数呼集めけり、家の内の上下の男女此れお見て、此は何の故に此は呼給ふにか有らむと思ひ合たる程に、郷の人共被呼て皆来ぬ、其の時に父、其の瓜取たる児お永く不孝して、此の人々の判お取る也けり、然れば判する人共、此は何なることぞと問へば、隻然思ふ様の侍る也と雲て、皆判お取つ、家の内の者共は此お見て、此許の瓜一菓に依て、子お不孝し可給きに非ず、糸物狂はしき事かなと雲へども、外の人は何かは可為き、母はた可雲きにも非ず、極く恨み雲けれども、父由無き事な不雲そと雲て、耳にも不聞入れずして止にけり、〈◯下略〉