[p.0637][p.0638]
有徳院殿御実紀附録
十四
砂村の辺にて、小鷹にて、雲雀おからせたまふ事ありしに、折しも六月の暑き日にて、供奉の人々これおくるしみ、のむどかはきけれど、あたりに結ぶべき清水もなし、此辺のはたは西瓜お一般につくる事なれば、こヽもかしこも累々としてあるおみれど、田甫のものお損ずる事は、常々かたく禁じ玉ふことなれば、指さすものもなかりしに、いづれもの疲たるさまお御覧じ、其地の代官伊奈半左衛門忠達おめされ、何事にやひそかに仰あり、半左衛門心お得しさまなりしが、やがて甫中に入て、なかにも大きなる西瓜一つおとり来り、手にてつきやぶり一口食ひ、あら心よや、これにて咽お潤したりといふに、あたりの人々これおみて、半左衛門代官の身にてさへ、かヽる挙動すれば、我々とても憚るべきにあらずと、いそぎはたの中に分入、思ひ〳〵にとりくひて、いづれも渇お忘れけり、これ田甫のものお、みだりにとるべしとは仰られ難きにより、わざと半左衛門に御心おさとし玉ひ、衆人の渇お救はせ玉ひしなるべし、さて其後西瓜の数おあらためしめて、其価お農民に賜ひしとなり、