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東雅
十五/草卉
女郎花おみなへし〈◯中略〉 万葉集に見えし所は、女郎花のみにあらず、美妾、娘子部四、佳人部為、美人部師等の字おも用ひたり、壒囊抄に霊鬼志お引て、菊お女郎花といふ事は、本拠ありといひけり、されど古今集の序におみなへしの一時くねるといふ事お、ふるく釈せしに、むかし小野頼風といふものヽ、八幡に住みて、京なる女と互ひにゆきかよひしに、其女頼風お恨むる事ありて、川に身お投て死しけり、死せし時にぬぎ置きし山吹かさねの衣の、土に朽ちて此花咲き出でたりけりといふ事あり、此事また霊鬼志に見えし何文が女の塚に、菊花お生ぜしといふに似たりし事なれば、女郎花の字借用ひて、おみなへしといはむ、誠にしかるべし、粧楼記に木蘭お女郎花といひしは、隻其艶なる事お記せしものと見えたり、又江談に花色如蒸栗と雲ひし事お、文選お引て、蒸粟に作るべしと雲ひしも、又誠に然なり、されど此花の如きは、蒸粟にはよく似てけれ、漢にして如何に雲ひしものにやあるらん、似たるものどもあれど、それとおぼしき者はいまだ見ず、