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重修本草綱目啓蒙
十一/湿草
地黄 さほひめ(○○○○)〈延喜式〉 今は通名 一名還元大品〈輟耕録〉 陽精〈本草〓〉 芦〈品字揃〓と同〉 生地黄一名鮮地黄〈本経逢原〉 玉枝〈種杏仙方〉 熟地黄一名金笋〈種杏仙方〉葉は芥葉に似て厚く、鋸歯粗く浅緑色にして皺み、両面に毛あり、初は地に就て叢生す、其宿根の者は春薹お抽こと高さ六七寸、肥地の者は一尺許葉互生す、四月茎梢に枝お分ち花お開く、形ち筒子にして末は五弁なり、胡麻花に似て大にして、黄白色に淡紫色お雑ゆ、花の後実あれども、熟せず、其茎枯て傍より新葉お生ず、根お采る者は花お開くことお忌、故に宿根お栽ず、十月に根お堀り出し、乾土中に貯へ置き、五月に至りて去年の節お采り、熟土に栽ゆる時は即生長す、蘆頭と根とのつなぎお節と雲、又五月に去年の新根お数段に切て栽るも可なり、地黄に白矢赤矢の二品(○○○○○○○)あり、白矢は根細くして皮薄く、肉厚して皮の皺紋致密なり、薬用に上品とす、然れども此種養がたく腐り易し、赤矢は根肥大にして皮厚く、皺紋密ならずして疙疸あり、下品とす、然れども此種養易く繁茂し、冬月かこはざれども保ち易し、故に今諸州共に此種お栽ゆ、是即筑前種なり、古は和州に白矢の種お栽ゆ、故に大和の地黄お上品とす、其後大和には赤矢の種お栽へ、山城の郷には白矢の種お栽ゆ、故に山城お上品とす、今に至りては山城にも赤矢お栽ゆ、故に大和山城同品にして優劣なし、是皆赤矢は養やすくして、其根肥大なる故に利に走るなり、然れども其白矢の種の廃するお惜すべし、大和高市郡地黄村に多く地黄お作り出すことお、大和本草に載すれども、今は其の地に地黄お栽ず、其の隣村の越村にて多く作る、薬店に漢渡の地黄あれども皆陳久にして佳ならず、和産お良とす、其内大和山城皆根長大なり、優りとす、其蘆頭の下細くして疙疸多き者お、地黄の節と呼ぶ、薬に入ず、筑前より来る地黄は、肥大なれども甚短し劣りとす、乾地黄は冬堀りたる時、直に暴乾し、肉黄色なる者良なり、然れども久お経れば黒きに変ず、薬店に未だ全く乾かざる者お貯へ置き、くさりて色黒き者多し、宜く撰ぶべし、