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塩尻
五十四
菊重陽の節物、紅葉は季秋の観にす、詩歌にも詠じ侍る、然るに近年九日に菊さかんなること希にして、紅葉も神無月ならでは色なし、気候も古今同じからざるにや、〈◯中略〉さてもはかなくなりしもの、去年実種せし菊の生ひ立て、花も大きやかに、浅紫の色したるお、嬉しき事にして、是は名付てよといひし程に、浅紫の賞すべきは、天竜寺にこそと戯れしお、頓て自筆して名とせし、又単にして白く青おかくるおば、如何といふべきやと見せける程に、単に藍すれるは小忌衣にこそあれといひし、是等の花など、こヽろなく今年も開きて、いみじき姿見るこそ、こしかたも思はれ、露けき袖も今一入にしほれて、あだなる記念なりける、