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白石紳書

一己亥〈◯享保四年〉春三月に聞く、長崎伊予守元仲の従者に高田勘四郎と雲もの、京師彼やしきの庭際にうへ置し色々の菊ども、其苗おうつし栽る事おわすれて、初に植しまヽにて、三年の後に花の開きしお見しに、種々の花皆々黄色なる花と成たり、是おおもふに、是はもと黄なるものなるお、人の力にて種々のかわりも出来しにやといふ也、此者元来無学のものにて、菊は黄色お正色とするなど雲事お知れるにもあらず、たヾ〳〵その見る所に拠りて、いひし所也、猶以て奇妙と雲べし、人力の天に勝つ所ありと見へしがと、その天なるものは得て加ふべからざる所有なり、人の心術援につきて、心得有べき事なれば、其人の名おも詳にこヽにしるし置る也、さらば当時さま〴〵の奇花あるも、たとへば人に酒おすヽめて、其酔狂お見て戯とするが如し、返す返す不可然事也、