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草木六部耕種法
十/需花
草花の染料と為すべき者は、紅花の用より大なるは無し、〈◯中略〉凡そ一段の畠に種子六七升づヽ蒔て、上に土お覆ふに及ばず、但し芽の出ざる間は、小鳥おも逐べく、時々盛養水お灑に宜し、既に芽お生じて後は、糞尿等不浄なる肥養お用ること勿れ、唯其他草お除き、干鰯の粉、或は火酒お餾たる籾糠交粕等お、根傍五六寸隔て置き、土と把錯(きりまぜ)べし、其苗頗る長じては〓宜に間引て、蔬菜と為すべし、美味なる者なり、四五月に至り、黄色なる花開て朝露お帯たるお摘べし、紅花お摘採べきの候と雲ふは、其花満開して〓反(そりかへ)り、其中三片紅色になりたるお、時として摘み採るべし、何となれば其花既に〓反と雖ども、唯黄色なるのみにて、一片も紅なざらるお摘たるは咽脂少し、又過半紅色になる迄も、摘み採ざるときは、亦咽脂の出ること大に減ずる者なり、所謂其花真黄色なるが、〓反て其中三片紅になりたる時は、咽脂の十分に、其花に充満たる候なり、此候お待ずして摘採も、此候お緩にして摘採ざるも、共に大なる損失なり、翅(たヾ)に咽脂の減少するのみならず、其色も亦美艶お失ふこと多し、故に三片紅の候お待お、紅花お摘み採る極意の秘訣とす、紅花お多く作るときは、三片紅の花お摘も、一朝や二朝に尽すべきに非るお以て、其候の来次第に、幾朝も掛りて、花の有ん限りは皆悉く摘採べし、凡紅花お作るには、植地の善悪お論ぜんよりは、唯其培養お精粋にすべし、我家の法お以て作れば、茎長六尺余に及び、花も極大なり、故に同く一段の地に作ると雖ども、花お得ること多きが故に、燕脂の出ること他に倍し、其色も亦極て美艶にして最上品なり、又我家法にて作りたる紅花は、餅と作たるも、攤乾(ひろげぼし)と為したるも、或は馬糞の如くにして、其色醜きこと有り、然れども燕脂の出ること多きに至ては、他の美なる紅花の絶て及ぶべきに非るなり、〈◯中略〉凡そ紅花お多く作るは、出羽国最上郡お第一とす、最上紅花は餅と成さずして、乱花に乾たるもの多し、此は漢土の農書に、攤而曝乾勝作餅、作餅者不得乾、令花浥鬱也と雲ふ説に惑たるなり、餅に作るも、必しも浥鬱(むれる)ものに非ず、其麻布に包て餅と作すの間に、却て黄汁お除き去るの功あり、故に我家にて皆餅に製せしむるお法とす、又最初蹈揉せし時より、〓す時に洗流たる黄汁には、燕脂の気お含むこと頗多し、桃色木綿等お染るは、皆此黄汁にて染る者なり、誤て此汁お棄ること勿れ、