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古今要覧稿
草木
ふぢばかま 〈らに 蘭〉ふぢばかま一名らには、漢名お蘭、一名蕑、一名蘭草、一名香蘭、一名王者香、一名国香、一名秋蘭、一名蘭沢、一名大沢蘭、一名幽蘭、一名香水蘭、一名燕尾香、一名紫菊、一名咳児菊、一名待女花といふ、此草古より諸国に野生多し、春旧根より苗お生じ叢おなし、夏お経て茎高さ三五尺に至り、秋おむかへて毎枝傘状おなし、細小なる淡紫花お攅簇す、此即劉蒙がいはゆる咳児菊花如紫茸叢茁細砕〈菊譜〉といへるものなり、又一種蘇敬注に、蘭沢八月花白〈証類本草引唐本草〉といへるものも、希に野生ありといへども、保昇のいはゆる花紅白色〈証類本草引蜀本図経〉のものは、いまだこれある事おきかず、其葉は山蘭に似て、緑色にして末尖り細鋸歯あり、又岐ありて燕尾の如きものも、一茎の内には多く相交りて、さらに山蘭様の物のみにあらず、此葉生なる時は香気薄けれど、茎葉お連ねとりて、室中に掛おき、日おへて乾枯すれば、その香気殊によし、さて皇朝にて蘭の物にみへたるは、忍坂大中姫の一根(ひともと)蘭お採て、鬭鶏国造に与へられしお始とし、〈日本紀〉これお歌によみて秋の七種の数に入しは、山上憶良お始とし、〈万葉集〉それお字音にてらにと唱へしは紫式部お始とす、〈源氏物語〉凡西土にては宋以降は蘭花お尊みて、右の蘭とせしより、此蘭世に隠れて絶てしるものなかりしお、明に至り時珍の本草綱目お撰びし時、離騒弁証訂蘭説等によりて、さらに蘭花お以て別種とし、此蘭お以て古の蘭とせしは信ずべし、されど我朝にてはさせる混同もなく、允恭天皇の比より今に至りて、蘭のふぢばかまなるは、実に人心の正直仰ぐべく尊むべし、〈◯中略〉釈名ふぢばかま〈日本〓、万葉集、本草和名、〉東雅雲、ふぢばかまいふ義詳ならず、其花淡紫色、此に藤といふ色に似て、其弁の筒おなせしが、袴に似たる所あればなお〈俗に藁の袴なるがごとし〉藤袴とはいひしなるべし、 らに〈源氏物語、らには蘭の転音なり、〉 蘭〈易素問、礼記、家語、左伝、説文、開宝本草雲、葉似馬蘭、故名蘭草、また陸機の説上文にみへたり、〉 蕑〈詩経、陸機疏雲、鄭俗三月男女秉蕑于水際、以自秡徐、蓋蘭以闌之、蕑以閑之其義一也、〉 蘭草〈神農本経、名義蘭に同じ、〉 香蘭〈琴操、此蘭芳香故に名づく、〉 王者香〈同上〉 国香〈左伝、蘭品雲、典籍便覧以王者蘭香国香、為蘭之一名、〉 秋蘭〈離騒、文選雲、蘭以秋芳、〉 蘭沢〈証類本草引唐本草、本草拾遺雲、蘭草五六月採隠乾、婦人和油沢頭、故雲蘭沢、〉 大沢蘭〈本草綱目引炮炙論、此蘭沢蘭に似て其葉大なり、故に大沢蘭と名づく、〉 幽蘭〈離騒思玄賦、幽蘭賦、楚辞九章雲、蘭茝幽而独芳、また曹子建七啓雲、薫以幽若流芳四市、注、若杜若也、若称幽若、猶蘭曰幽蘭也、〉 燕尾香〈同上、馬志雲、其葉有岐、俗呼燕尾香、〉 紫菊〈菊譜、正に馬蘭と同名、〉 咳児菊〈同上、沢蘭また咳児菊と名づく、時珍雲、小児喜佩之、故有咳児菊之名也、又引訂蘭説古之蘭草、即今之俗名咳児菊者、〉 待女花〈格致鏡原引採蘭雑志、昭代叢書引蘭言、淮南子雲、男子樹蘭美而不芳、採蘭雑志雲、蘭待女子、同種則香、故名待女花、〉