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大和本草
八/芳草
真蘭 和名ふぢばかま、又あらヽぎとも雲、古歌にらにともよめり、八雲抄にも蘭おふちばかまらにと雲と書玉ふ、葉は麻に似て両岐あり香よし、ほして弥かうばし、是真蘭也、野にあり、秋紫白花お開く、古歌にふぢばかまお多くよめり、国信の歌に、秋の野にむら〳〵立る蘭むらさき深く誰か染けん、若葉はゆびきて食すべし、其芳香美味、凡菜にすぐれたり、試に食して其香味お知べし、嫩葉お堕て佩之と雲へり、其性亦好、詩経楚詞などに詠ぜし蘭是なり、上代は沈香檀香竜麝など、諸香未来中華、故に蘭お甚賞す、今の蘭と雲ものは、葉は大葉の麦門の如く、花の香よき物也、上代の真蘭にはあらず、循斎閑覧曰、今人所種如麦門冬者名幽蘭、非真蘭也、方虚谷曰、因花馥郁、故得蘭名也、古人もあやまつて、今の世俗に蘭と雲者お真蘭といへり、本草綱目詳に弁之、真蘭の葉おかべにかくれば、邪気おはらふと雲、楚辞に所謂幽蘭も即真蘭なれば、幽蘭も真蘭と一物也、循斎閑覧に如麦門冬者名幽蘭と雲は、世俗の誤おいへるなるべし、沢蘭も同類異物なり、葉は蘭に似て岐なし、麻の葉の如し、水沢に多し、葉のまはりに鋸歯あり、延喜式三十二巻、園韓神祭春日祭雑給料蘭十把とあり、本朝古も此真蘭お用ひしなるべし、禅僧円月東海一渥集、筑前州神山移蘭記にも、神山に蘭多き事お記せり、是亦真蘭お蘭といへるなるべし、蘭草方薬に用ざれども性好し、上品の芳草なり、園甫に必うふべし、繁茂し易し、沢蘭は方薬に多く用ゆ、香味蘭におとれり、