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広益国産考

海苔(のり)海苔は何処の海河にも生ずるものなれども、其品いろ〳〵のわかちあり、先九州にては水禅寺海苔と称し、肥後の国より出る、是は水に生ずるよしにて佳品也、又同じのりにて、筑前国秋月より出る也、又但馬国木の崎辺の海より浅草海苔に似たるもの産せり、紀州加多辺よりも出、三州渥見郡より和治(わぢ)海苔と号し、浅草同種のもの出れども製あらし、援に近年遠州舞坂の海に、大森同様に遠浅の所へ、ならの麁朶おさし、海苔お付る事お覚え、取て製し諸国にも売、京大坂へ送るよし、一け年に三千両余の金子お収納するよしにて、舞坂の産物となれり、大森にて製する浅草海苔に付方製法方同流にて、其味ひも又替る事なし、世間に上品の海苔多しといへども、所の産物となり、潤へる程の事なし、浅草海苔は大金お収納するよし也、続て舞坂も収納多くなるよし也、此海苔は味ひ美にして世間に多く出〓たりとも、浅草、舞坂などお押へて、害となることあるまじとおもへるまヽ、海苔おとりて利お得るは、漁おなし或は蚕お飼、又山より種々の金銀銅鉄鉛錫お堀出す道理にて、新田お開くもあたるべしと思ひこめしまヽ、海苔の付方等お聞置るままお記すになん、先海苔お付るは、内海の清らかなる砂地にて、大風雨の時、脇より砂およせ、又海水深きは忌べし、遠浅の引潮には深〈さ〉弐尺位、満潮にはさしたる麁朶の末、ひた〳〵になり、又なかばの引潮には末壱尺五寸位、水際よりあらはるヽ土地お見立べし、 扠麁朶といへるは、楢木およしとす、此木の元にてひと握位にて、枝のよくつきて、たけの五六尺に伐たるお調、葉お不残むしりて、四五本づつ元お揃へ、下より壱尺程上お堅くくヽりて、元二尺程の所お先ほそりにけづりて、多く拵へ置、十月比迄に、下に図する〈◯図略〉通の木と、麁朶とお船に積、〈のり取小ふね〉夕の干たるお考へ漕行、船の入位に間置、畑の畦お立たる如く麁朶お置さすべし、さすには先穴明お図〈◯図略〉のごとくして足にて踏、またの所迄ふみ込、引ぬきて其穴へ麁朶の元おさしこみ〳〵して植べし、扠如此して其浦の家々にて持場ありて、其所へは凡三反の持場誰方の分、是よりさきまで凡五反歩程と、海中の地面お割て持場とする事也、夕の満たる時は、麁朶の末ひた〳〵に成か、壱尺位夕の上にのりたる位になるやうに麁朶の長短おすべし、然して置ば十月より海苔付初る也、寒中に取たるのりお極上とし、春三月までは付ども、暖気になる程海苔も色さえず味おとれり、浅草海苔と称すれ共、品川より壱里程西、大森の海に麁朶おさして取、浅草にてひさぐゆえ、浅草のりと称すなるべし、浅草海苔同性のもの、諸国にて生ずれども、是お麁朶に付てとり製する事おしらずと見えたり、依て援にその製法の事お記すといへども、予〈◯大蔵永常〉先年試たる一通りお記せば、おち〳〵なる事ぞ多かるべし、右の如くさしたる麁朶に、追々海苔付也、能十分に付たると思ふ時、小船に両人のり、一人は棹さし、一人は此ごとき笊〈◯図略〉お左りの手に持、右の手にて麁朶の枝々に付たる海苔おとりては、笊に入〳〵して持かへり、俎の上にて塵お箸もてより除き、鉋丁の刃にて少したたき、四斗樽やうの桶に清水お入、竹の棒もてかき交、扠夫より左に図〈◯図略〉する如く棚に簀お置、其上に蒦おおき、升にて桶の中なる海苔お、棒にてかき交てすくひ、蒦の中に一面行渡るやうの心得にて、さつと打明れば、水は下にもれて、海苔は簀へとヾまる也、干揚るには、簀の侭干台に図〈◯図略〉の通り並べてほす也、乾あがりたるは取入片(へぎ)て重ねて、上に板お置重しお置、しつとりと成たるお、一枚づヽよく見てかさぬべし、或は塵ほこり小貝の殻抔付あるは、小刀の先にてはね除き、十枚お一帖とし、二つに折て多く重く重ね、両方より板にて狭べし、然して雨風に当ざるやう、箱に入貯ふべし、又久しく貯ふには、大きなる壺お渋紙にて外よりはりたる中に入、口お能封じ置べし、如此して貯ふれば、夏お越ても少しも色かはる事なし、