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世事百談
馬の丈四尺お定尺とし、それよりあまれば、一寸より三寸までおすんといひ、四寸より七寸までおば、寸といはず、きといひ、又八寸より九寸までお、又すんといへるよし今の馬乗人はいへど、そはいつ頃より定りたる詞にか、むかしは幾寸にても、なべてきとのみとなへたり、〈○中略〉私雲、馬は四尺お馬たけといふお、それに一寸まさりたるおば一きとし、八寸まさりたるおばやきといふなりと見えたり、幸若の舞の高館志田などの詞に、名馬のことおいひて、さんのへだちのしらあしげ、七き、八ぶんあけ、六さいにひきよせ、ゆらりとのつたりけりといへり、この七き八ぶんは七寸八分なり、幾寸にてもきといへることの証とすべし、おもふに寸おきとよめることは、古事記伝に、寸お伎(き)といふは刻むの意なり、万葉集に、玉刻春(たまきはる)と伎(き)に刻の字お書けるも、その意にて、伎(き)といふぞ、きだ、きざむなどの本語なるといへり、〈○中略〉因に雲、銭の壱文の半おきなかといへることは、算勘の詞に、壱文半お壱文五分といへり、そは五分は一寸の半なれば、きなかとはいふなり、寸半の約語なるべし、再びおもふに、たヾ半が五分なれば、きなかとのみいひては、くはしからず、銭の径りは壱寸なること、開元銭よりの定めにて、吾邦も同じければ、もと尺度よりいでヽ、壱文の半お五分ともきなかともいへるとしるべし、