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増字番匠往来

匠工のまがりがねの裏に、一種の物さしあり、是お匠工の言葉にうらがねと呼ぶ也、其おこる所お知らず、黍法にも非ず、前の七代の種にも合せず、甚不審也、表に彫付たる曲尺に比すれば、一尺四寸余有るお十寸とし、寸毎に十分に彫割たり、此十寸お一尺としたり、其寸毎に一字ずヽ彫付く、一尺に十字有り、神仏家の文にも非づ、何歟もの〳〵しく見へたり、故に予匠に問へば、匠答て唐尺なりと雲ひし也、其起る所お問へば知らずと答ふ、其後また一人の匠に問へば、是も又唐尺也と答ふ、又其与る所お問へば是もまた知らず、其後匠毎に問へども知らざる也、其用法お問へば、秘密なりとて雲はず、おもての曲尺一尺四寸余にくらべて、裏は一尺にしたるお 以て按ずるに、是は算法にて、常に用る斜径と雲ものなるべし、一尺四寸一分四厘二毛の数也、俗に升の弦がねと雲て、四方一尺づヽに四角なるときは、其角より角へ斜にわたる尺は、一尺四寸一分四厘二毛有る也、是お算法にて、斜径一四一四二の定法と雲ふ也、此長さお彼裏がねにて十寸にして、寸毎に十分に彫りて、一尺に用ひたるなり、扠また其遣ひかたお秘して雲はざれども、按ずるに裏がね一尺にて、すじかへに有る所は、方面の寸は、表の曲尺にて一尺有る也、うらがねにてすじかへに九寸九分有る所は、表の曲尺にて九寸九分方面有る也、椽頬など、二方へ廻りて有る所のすみのすじかへ、或は屋根の方形の角に登り梁など雲もの、皆此かたちお持て、うらがねの法お帯びたり、其外方面へ鉄矩尺お以て、寸尺お見んとしても、物の障りて得協はざる時には、其所のすじかへの所お、彼うらがねにて寸お定めて、方面の寸尺お知る也、斜径の図  ますのつるがね  同  同  裏がねにて五寸あり  升のつるがねと雲は此すじかへ也  方面  方面  表の曲尺にて五寸あり  表の曲尺にて五寸あり 是は算法にて、鉤股弦と雲章術ありて、夫より出して斜径の定法お一四一四二と定め置て、初学の者お道引きて、習ひ学ぶにこヽころ安くせん為也、匠工は算法は知らざるもの故、右の図の形ちある事お伐り刻み作るとき、彼うら表の尺にて業おなすなり、曲尺に当るに、四寸余長きは、異国の尺には一色もなし、又或人、此尺は本朝一種の物さしと雲ふ、是も大なる誤也、全く匠工等が、己前に同  同  同  斜径 裏がねにて九寸九分有り  方面 曲尺九寸九分有り  方面 曲尺九寸九分有り が業のなしよき為に、我儘に作たる寸尺也、正しき証拠有る物さしにては決してなし、加様のものさしお作るならば、此外に数々物さしの新作自由也、平円形の円径の寸も、廻りとさし渡りとお、裏表の尺にて、同寸になるやふに割合せて作り遣ふべし、是はさしわたり九寸の平円は、廻りは二尺八寸四分四厘也、是お十寸に刻みて、寸毎に十分づヽにすれば、重宝なる物さし又一種出来て、其職々の工人等悦ぶべし、又三角方面の中径お初として、五角七角以上、立円の中貫、卵形飯櫃三錐方錐などの中貫の尺等お作りて、夫々に本朝一種の物さしとか唐尺とか名付けて、物知らぬ族に信仰させんとならば、数も限りも有べからず、身に余力さへあらば、一生尽る事なかるべし、芋売の升量、小者部屋の飯衡お察し給へ、