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神皇正統記
神代
また三種の神宝おさづけまします、〈◯中略〉この鏡のごとくに分明なるおもつて、天下に照臨したまへ、八坂瓊のひろがれるがごとく、曲妙おもつて天下おしろしめせ、神劔おひきさげては順がはざるものおたいらげたまへと、勅まし〳〵けるとぞ、此国の神宝にして、皇統一種たヾしくましますこと、まことに是らの勅に見えたり、三種の神器世に伝ふこと、日月星の天にあるにおなじ、鏡は日の体なり、玉は月の精なり、劔は星の気なり、ふかきならひあるべきにや、そも〳〵かの寳鏡は、さきにしるしはべる石凝姥命の作りたまへりし八隻の御鏡、玉は八坂瓊の曲玉、玉屋の命作りたまへるなり、劔は素戔烏乃尊の得たまひて、大神に奉られし叢雲の劔なり、この三種につきたる神勅は、まさしく国お手持ますべき道なるべし、鏡は一物おたくはへず、私のこヽろなくして、万象お照すに是非善悪のすがたあらはれずといふことなし、そのすがたにしたがひて感応するお徳とす、これ正直の本源なり、玉は柔和善順お徳とす、慈悲の本源なり、劔は剛利決断お徳とす、智恵の本源なり、この三徳お歙受ずしては、天下のおさまらんことまことにかたかるべし、神勅あきらかにして、詞つヾまやかにむねひろし、あまさへ神器にあらはしたまへり、いとかたじけなきことにや、中にも鏡お本とし、宗廟の正体とあふがれたまふ、鏡は明おかたちとせり、心性あきらかなれば慈悲決断はその中にあり、またまさしく御影おうつしたまひしかば、ふかき御心おとヾめたまひけむかし、天にある物、日月よりあきらかなるはなし、よりて文字お制するにも、日月お明とすといへり、我神、大日の霊にましませば、明徳おもつて照臨したまふこと、陰陽におきてはかりがたし、冥顕につきてたのみあり、君も臣も神明の後胤おうけ、あるひはまさしく勅おうけし神達の苗裔なり、たれかこれおあふぎ奉らざるべき、この理おさとり、その道にたがはずば、内外典の学問もこヽにきはまるべきにこそ、されど此道のひろまるべきことは、内外典流布のちからなりといひつべし、魚おうることは網の一目によるなれど、衆目のちからなければこれお得ることのかたきがごとし、応神天皇の御代より儒書おひろめられ、聖徳太子の御時より釈教おさかりにしたまひし、これみな権化の神聖にましませば、天照大神の御こヽろおうけて、わが国の道おひろめふかくしたまふなるべし、