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増鏡
十飛鳥川
廿日〈◯文永十年十月〉のよひ、二の対〈◯大炊御門殿〉より火いできたり、あさましともいはん方なし、上下立騒ぎのヽしるさま思やるべし、大宮の院も内におはしましける比にて、いそぎ出させ給、御車の棟木にも既に火もえ付けるお、又さしよせて春宮たてまつらせけり、其夜しも、勾当の内侍里へいでたりければ、塗籠の鎰おさへもとめうしなひて、いみじき大事なりけるお、上〈◯亀山〉聞召て、あらヽかにふませ給たりければ、さばかり強き戸の、まろびてあきたりけるぞおそろしき、さなくばいとゆヽしき事どもぞあるべかりける、故院〈◯後嵯峨〉の御処分の入たる御小唐櫃、なにくれの御宝、ことゆえなくとりいだされぬ、
◯按ずるに、文に何くれの御宝と雲ふ、神器も自ら此中に含まるヽなるべし、