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源平盛衰記
四十四
老松若松尋剣事
潜きする蛋に仰て探り、水練の者入れて被求けれ共終に不見、天神地祇に祈請し、大法秘法お被行けれ共無験、法皇〈◯後白河〉大に御歎あり、仏神の加護に非ずば難尋得とて、賀茂大明神に七日有御参籠、寳剣の向後お有御祈誓、第七箇日に有御夢想、寳剣(○○)の事、長門国壇浦の老松若松と雲海士に仰て、尋聞召と霊夢新なりければ、法皇有還御、九郎判官〈◯源義経〉お被召て、御夢の旨に任て被仰含、義経百騎の勢にて西国へ下向、壇浦にて両蛋お被召、老松は母也、若松は女也、勅定の趣お仰含、母子共に海に入て、一日ありて、二人共に浮上る、若松は子細なしと申す、〈◯此間恐脱老松二字〉我力にては不協、怪き子細ある所あり、凡夫の可入所にはあらず、如法経お書写して身に纏て、以仏神力可入由申ければ、貴僧お集て、如法経お書写して老松に給ふ、海士身に経お巻て海に入て、一日一夜不上、人皆思はく、老松は失たるよと歎ける処に、老松翌日午刻計に上、判官待得て子細お問、非可私申、帝の御前にて可申と雲ければ、さらばとて相具し上洛、判官奏し申ければ、老松お法住寺御所〈◯後白河〉に被召、庭上に参じて雲、寳劔(○○)お尋侍らんが為に、竜宮城と覚しき所へ入、金銀の砂お敷、玉の刻階お渡し、二階楼門お構、種々の殿お並べたり、其有様不似凡夫栖、心言難及、暫総門にたヽずみて、大日本国の帝王の御使と申入侍しかば、紅の袴着たる女房二人出て、何事ぞと尋、寳剣(○○)の行へ知召たりやと申入侍しかば、此女房内に入、やや在て暫らく相待べしとて又内へ入ぬ、遥に在て大地動、氷雨ふり、大風吹て、天則晴ぬ、暫ありて先の女来て是へと雲、老松庭上にすヽむ、御簾お半にあげたり、庭上より見入侍れば、長は不知、臥長二丈もや有らんと覚る大蛇剣お口にくはへ、七八歳の小児お懐き、眼は日月の如、口は朱おさせるが如し、舌は紅袴お打振に似たり、詞お出して雲、やや日本の御使、帝に可申、寳剣(○○)は必しも日本帝の寳に非ず、竜宮城の重寳也、〈◯中略〉此剣日本に返事は有べからずとて、大蛇内にはひ入給ぬと奏し申ければ、法皇お奉始、月卿雲客皆同成奇特思給にけり、偖こそ三種神器の中、寳剣は失侍りと治定しけれ、〈◯又見愚管抄、醍醐雑事記、吾妻鏡、平家物語、〉