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太平記

天下怪異事
其年〈◯元弘元年〉八月二十二日、東使両人三千余騎にて上洛すと聞えしかば、〈◯中略〉今度東使の上洛は、主上〈◯後醍醐〉お遠国へ遷し進らせ、大塔宮〈◯護良〉お死罪に行ひ奉らんためなりと、山門〈◯延暦寺〉に披露有ければ、八月二十四日、夜に入りて、大塔宮より窃に御使お以て、主上へ申させ給ひけるは、今度東使上洛の事、内々承候へば、皇居お遠国に遷し奉り、尊雲〈◯護良〉お死罪に行はん為にて候なる、今夜急に南都の方へ御忍候べし、〈◯中略〉と申されたりける間、〈◯中略〉藤房卿進で申されけるは、〈◯中略〉兎角の御思案に及候はヾ、夜も深候なん、早御忍候へとて、御車お差寄、三種の神器(○○○○○)お乗奉り、下簾より出絹お出して女房車の体に見せ、主上お扶乗せ進らせて、陽明門よりなし奉る、〈◯中略〉先南都東南院へ入せ給ふ、〈◯中略〉同廿七日、潜幸の儀式お引つくろひ、南都の衆徒少々召し具せられて、笠置の石室へ臨幸なる、