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太平記
十七
依堀口貞満奏請暫停還幸事
懸る処に内々〈◯参考太平記、内々下、有将軍(足利尊氏)二字、〉使者お主上〈◯後醍醐〉へ進らせて申されけるは、〈◯中略〉主上是お叡覧ありて、告文お進らする上は、偽てはよも申さじと思召ければ、傍の元老智臣にも仰合されず、軈て還幸成べき由お仰出されたり、〈◯中略〉義貞朝臣懸ることヽは知給はず、参仕の軍勢に対面して、事無き様にておはしける処へ、洞院左衛門督実世卿の方より、隻今主上京都へ還幸なるべきとて、供奉の人お召候、御存知候やらんと告られたりければ、義貞さる事やあるべき、御使の聞誤にてぞ有らんとて、最騒がれたる気色も無りけるお、堀口美濃守貞満聞も敢ず、〈◯中略〉先内裏へ参て、事の様お見奉り候はんとて、郎等に着せられたる鎧取て肩に投懸、馬の上にて上帯おしめ、諸鐙合て参せらる、皇居近く成ければ、馬より下り、兜お脱て中間に持せ、四方おきつと見渡すに、臨幸隻今の程と見えて、供奉の月卿雲客衣冠お帯せるもあり、いまだ戎衣なるもあり、鳳輦お大床に差寄で、新典侍内侍所の櫃(○○○○○)お取出し奉れば、頭弁範国劔璽(○○)の後に従て、御簾の前に跪く、貞満左右に少揖して御前に参り、鳳輦の轅に取附、〈◯中略〉忿る面に涙お流し、理お砕て申ければ、君も御誤お悔させ給へる御気色になり、供奉の人々も、皆理に服し義お感じて、首お低てぞ座せられける、