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太平記
十八
先帝潜幸芳野事
主上〈◯後醍醐〉は重祚の御事相違候はじと、尊氏卿様々申されたりし偽の詞お御憑有て、山門より還幸成しかども、元来謀り進らせん為なりしかば、花山院の故宮に押籠られさせ給ひ、宸襟お蕭颯たる寂寞の中に悩さる、〈◯中略〉刑部大輔景繁武家の許お得て、隻一人伺候したりけるが、勾当内侍お以て潜に奏聞申けるは、〈◯中略〉天下の反覆遠からじと欧歌の説耳に満候、急ぎ近日の間に、夜に紛れて、大和の方へ臨幸成候て、吉野十津川の辺に皇居お定られ、諸国へ綸旨お成下され、義貞が忠心おも助られ、皇統の聖化お耀され候へかしと、委細にぞ申入たりける、主上事の様お具に聞召れ、さては天下の武士、猶帝徳お慕ふ者多かりけり、是天照大神の景繁が心に入易らせ給ひて、示さるヽ者なりと思召れければ、明夜必寮の御馬お用意して、東の小門の辺に相待つべしとぞ仰出されける、相図の刻限に成ければ、三種の神器おば、新勾当内侍に持せられて、童部の蹈あけたる築地の崩より、女房の姿にて忍出させ給ふ、景繁兼てより用意したる事なれば、主上おば寮の御馬にかき載進らせ、三種神器(○○○○)お自荷担して、いまだ夜の中に大和路に懸りて、梨間宿迄ぞ落し進らせける、白昼に南都お如此にて通らせ給はヾ、人の怪しめ申事もこそあれとて、主上お怪しげなる張輿に召替させ進らせて、供奉の上北面どもお輿舁になし、三種の神器(○○○○○)おば、足附たる行器に入て、物詣する人の、破籠など入て持せたる様に見せて、景繁夫に成て是お持つ、何れも皆習はぬ業なれば、急ぐとすれども行やらで、其日の暮程に、内山迄ぞ着せ給ひける、〈◯中略〉程なく夜の曙に、大和国賀名生と雲所へぞ落着せ給ける、