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讃岐典侍日記

十二月〈◯嘉承二年〉朔日まだ夜おこめて大極殿にまいりぬ、西の陣に車よせて、えんだうしきて入べき所とてしつらひたるに参りぬ、ほの〴〵と明はなるヽほどに、かはらやどものむねかすみわたりてあるお見るに、むかしうちへまいりしに過さまに見えし程など思ひ出られてつく〴〵と詠るに、〈◯中略〉人ども見さわぎいみじく心ことに思ひあひたるけしきどもにて見さわげども、我は何事にも目もたヽずのみおぼえて、南のかたおみればれいのやたからす見もしらぬものども、大かしらなどたてわたしたる、見るも夢のこヽちぞする、かやうの事は世継などみるにも、その事かヽれたる所はいかにぞやおぼえてひきこそかへされしか、うつヽにけざ〴〵と見るこヽちたヾおしはかるべし、日たかくなる程に行幸なりぬとてのヽしりあひたり、殿原里人など玉のかうぶりし、あるは錦のうちかけ、近衛づかさなどよろひとかやいふ物著たりしこそ見もならはず、もろこしのかたかきたるさうしの昼の御座にたちたるみるこヽちよとあはれに、かくて事成ぬおそし〳〵とて、衛門の佐いとおびたヾしげにびさもんなどおみる心ちして、我にもあらぬ心地しながらのぼりしこそ我ながら目くれて覚えしか、手おかけさするまねしてかみあげよりてとばりさしつ、我身いでずともありぬべかりける事のさまかな、などかくしおきたる事にかとおぼゆ、御前のいとうつくしげにしたてられて、御もやのうちにいさせ給ひたりけるお見参らするもむねつぶれてぞおぼゆる、大かた目もみえずはぢがましさのみ世に心うくおぼゆれば、はか〴〵しくみえさせ給はず、事はてぬればもとのところにすべりいりぬ、夜に入てぞかへりぬる、