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弘化御即位次第
御即位次第  無叙位儀
御即位は天日嗣の御位につかせ給ひ、百官群臣にはじめて見え給ふ日おしよく位と雲、叙位の儀なしとは、昔は叙位の儀ありて百の四つの姓に位階たまはる事あり、今は其事なしと雲ことなり、
前一日装飾紫宸殿一如元会儀、当日早旦有御湯殿事、刻限大臣著陣、
御湯殿の事は、御前の御内々の儀にて侍り、陣に著と雲は、宸殿の階のつヾき、軒廊の東に陣の座と雲所あり、上卿公事お取行ふ所にて、其所に著給ふお雲、
召官人令敷軾
此官人は外記の催し二家あり、富島櫛田弓箭お帯し六位也、宣仁門お出て内弁の仰おうけて呼つ〳〵、是お陣の官人と雲、軾は掃部寮より調進、白き平絹のへりの薄畳也、
次召大外記問諸司具否、次召大内記覧宣命草〈入筥〉大臣、畢返給、無草奏、
大内記軾参りて、しよくいの宣命の草お宿紙に認め、筥に入て内弁にすヽむ、此筥は覧筥也、草の奏なしと雲事は、大臣見給ひ奏聞なく、すぐに大内記に返し給はる事也、
次内記進清書宣命、大臣見畢置座前、内記退、
大内記宣命の清書お軾に持参す、宣命の紙は黄紙にて、図書寮より兼て大内記へ送る、大内記執筆せらるヽ也、宣命の文章の体は、現神〈止〉大八洲国所知〈須〉と書出したる文なり、補佐の賢志によりて、代々国民やすく、御位につかせ給ふとおぼすまヽ、いよ〳〵助け仕へよとの宣命也、
次以職事奏聞、即返給、職事退、
即位の奉行おもて大臣清書の宣命お奏聞せらる、関白内覧の事ありて、内侍につきて奏聞し、奏聞終りて陣へ参りて大臣に返し給ふて、職事退く、
次召内記令持宣命、内記留立小庭、次官人令撤軾、次大臣起座向休幕、内記相従、大臣入休幕、仰可送宣命使休所之由於内記、
此休幕は宜陽殿のうしろ敷政門南、大臣宿所と申所に、兼て内弁の礼服お著玉ふ所おもうけ幕お引置也、是おやす幕と雲、内記是まで宣命お持したがひゆく也、内弁の仰おうけ玉はりて、内記宣命お宣命使の休幕に持参らする也、
此間褰帳〈左女王、右典侍、〉向休幕
高御座の壇上の八方の御柱にかくる紫の小葵の織物、裏は紅打四帖、かヽぐる御帷子お帳と雲、褰帳の女王典侍の休らふまくの所お休まくとはあれども、屏風おもて御後の母屋のほとりに設け有也、褰帳は天子高御座に出御の時帳おかヽぐる也、
次執柄率公卿見南殿御装束
御装束とは、総じてまうけ構へる高御座おはじめ諸の具お雲、其もろ〳〵の具とは、布毯筵道、高御座の御装束は、金銅の帽額、同じく蛇舌、壇上の錦弘御座、りようびんの御座、大褥小にく、或剣璽の御机、御帷子、関白殿の座は、とりの女孺代の床子、親王代擬侍従少納言等の氈代等、其外御壁代、獅子狛のたぐひ、獣形の帽額等、こと〴〵くかぞへがたし、
先是諸衛服大儀、各勒所部立於前庭、
諸衛とは、左右の近衛、左右の衛門の府お雲、凡即位并朝賀これお大儀と雲、上下礼服おつく、左右衛門居承明門腋左右〈各用胡床〉
巻纓、老懸、闕腋、弓箭、帯剣にて、あぐらおまうけ腰お掛る也、
中務少輔率内舎人等左右分陣近衛南、左右大将代以下率所部陣中務陣北、謂之華楼陣、左右の大将当官おはしますに、代と雲事当日一日は故ありて代お用ひらる、大将に限らず、中少将代共に当官数多有中お用られず、或は擬侍従とて、其日一日擬へ用らる、是は流例になれり、華楼の陣とは近衛の陣お雲、
近衛次将以下著掛甲帯弓箭、陣南階東西著胡床、
南階の東はさくらの樹、西は橘のもと、
内蔵大舎人大蔵掃部主殿等官人、取威儀物列立左右華楼陣北、
右五寮の掌所の具お威儀の物と雲、或畳筵道の類、
主殿図書両寮各服礼服、列炉東西、
主殿図書の官人一人づヽ、火炉の納桶の南の方左右の床子に著く、東西ともに生火の官人北に立、図書の官人南に立なり、生火おうかヾひ、図書は香お炷なり、
諸儀弁備畢、内弁於休幕著礼服、此間外弁卿相已下著幄、次典儀〈著、礼服〉率賛者二人各就版位、
版とは其著く所おしるす也、中務省の少丞兼て点見まうけおく、
六位外記申諸儀弁備畢之由於内弁、次内弁著幄兀子、外記史著内弁幄後床子、次兵庫頭著内弁幄南床子、次内弁仰可擊装畢鼓之由、以外記仰近衛官人、出閤外告之、
閤外とは外弁おさす、日華門の前の事也、
次外弁上首召召使、〈二音〉召使称唯立幄前、上卿宣、兵省召、召使退召之、兵部丞進立幄下、上宣、装畢鼓令擊、丞称唯退召兵庫鼓師仰之、次擊外弁鼓諸門応之、殿下鼓不応、
諸門とは承明門以下也、殿下は近衛、このつヾみおうたずと雲事也、
次開東西腋門、次伴佐伯居承明門左右胡床、此間天皇著御礼服、〈可然公卿奉仕之〉次有御手水事、次被仰堂上行事弁二人、此間執柄立高御座壇上催行弁、次執翳女孺東西相分著床子、此はとりの女孺は代お用ゆ六人也、練の小袖の上に、すヾし四幅長四尺余のきぬ、裏はみどり、松の立木に椿花の樹陰、粉色紫紅白の雲形、金銀の箔お付て、袖は一尺ばかりにして仕立たる物也、其上に生絹ひとへ縁にて胡粉にて蝶お書て、腰ぎりなるきぬにて、袖は半幅にしたる物お著る、緋の袴も丈四尺計にて短き精好にてはなし平絹なり、髪はすべらかし、長かもじ、末ひたひ、平ひたひ、おさへしやうなんとえりさいお付たる物也、
次褰帳命婦二人著座、次威儀命婦著座、次左右侍従代、及少納言入自東西階昇堂上、各出南栄揖、而相折至南庇東西第二間相揖、北行入楹内立壇上相対而揖、次伴佐伯両氏立門下、次開門、〈此御門承明門〉次兵庫頭進幄前、召刀禰鼓可擊之由申之、内弁宣令擊、兵庫頭召鼓師令擊之、諸門鼓皆応之、次外弁公卿依位立幄座、入自承明門著標、異位重行、
標は或は大臣大中納言参議、位の高下にて置、木工寮是お具し、式部省是お点検せしむる也、異位重行とは二位一列、三位一列、四位一列、くらいおことにするゆえ異位と雲、重行とは二三四位かさなり行立お雲也、
此間隼人吠三節、近代其由計歟、諸仗皆立、伴佐伯降壇北面立、次執柄以職事問吉時於陰陽師、申刻已至之由、次天皇御高御座、始自後房〈今度用清涼殿〉至于高御座後、階下敷筵道、執柄候御簾、
天子出御まします時、清涼殿より筵道お敷、其上ふたん等おしきもうくる事、執柄御簾に候すると雲事は、清涼殿の簾外において、出御の時関白御簾お巻あげ給ふ事也、
御前命婦左右相並前行持剣璽、〈剣は左、内侍持之、璽は右、典侍持之、〉職事扶持之、次宸儀進行、蔵人頭取御笏筥相従、御前命婦留立高御座後男柱下、内侍以下自後階候帳外壇上、宸儀著御高御座、蔵人頭褰御帳後帷、内侍昇北階、自御帳東置剣於御座左方、又一人如前参進、置璽於同所退下、或著御已前置也、
剣璽の置物机、高御座内御座の前左右にまうけ有也、其御机に御剣御璽の筥お置、是等の事は内々の事には侍れどふるきていおしるす、
次執柄取御笏献之、次蔵人頭置御沓於階第一級、此間御前命婦引退候北庇、
是まで御次第の如くにて、他人見る事なし、
次執柄著御後座、〈或居高御座中層丑寅円座〉次執柄立第三層行事、次兵庫頭起座、褰御帳鉦可令擊之由申之、内弁宣令擊、兵庫頭召鉦師令擊之、次女孺六人執翳、〈右の手執翳、左の手差扇、〉自母屋東西一間斜南行、出南栄入自御座間、与母屋柱平頭立、長中短翳次第列後皆北面立、左右共如此、
東西より行事弁二人、羽とりの女孺代二人づヽ引出て、南の簀の子へ出て、御座の当間より入、左右になヽめに立、さしはお持ておほふ、
次褰帳二人起座、昇高御座東西階、進立南面欄内、褰帳畢復座、
欄内とは高みくらのらんかんの内なり、壇上ともいへり、御かたびらの外なり、
次執翳経本路退復座、先下臈、
此ところは、けんてう二人もとの座にかへりつれて、後はとりのもとの道お帰り、下らうおさきとす、
宸儀初見、諸仗称警、式部称面伏、〈近代不称之〉群臣磬折、内弁不立、
外弁卿相、庭上の標お立つ時、腰お折て礼節するおけいせつと雲、警の字もかく、故ありて磬の字ふるく書ことなり、
次主殿生火、図書焼香、
生火官二人なり、東西の火炉のもとの床子につき、左右より火炉に立より、火炉の火おうかヾふ也、図書の官人二人東西よりつく、香納桶の東西に、生火の官人の南の方に居し香お焼なり、図書の官人たく香は、大外記より床子の座にて、両人へ一つヽみづヽさづく、その香包様有、檀紙につヽむ、
次典儀称再拝、賛者承伝、
典儀再拝、図書の官人香お焚のヽち磬折してとなふ、次賛者二人、一人づヽうけつたへてとなふるなり、
群臣再拝、武官不拝、
外弁の卿相は標の下にて二拝す、武官不拝と雲事、私曰、庭上近衛武官、左右の大将代、南階の次将等非常お護るゆえか、すべて武官は拝せずと雲事はあらず、
次宣命使就版、諸仗起、
外弁の公卿のうち、標おはなれ、西より東へねり、銅烏の幢のもとの版に至りて宣命およむ、雨くだるによりて朱傘お取る、召使等宣命の間傘おとるといふ、
宣制三段、初二段再拝、後一段拝舞、
宣命使宣命およむ所の文章の中、天が下の公民きこしめせと雲所一段、其末やまとねこのすめみことの宣ふとよむ所二段、其末かしこきたすけおとよむ所三段、一段ごとに再拝あり、此度のていは外弁になりて見侍らず、見ても聞ゆる物ならず、
此間武官倶立振旗称万歳、〈近代其由計〉次宣命使復列諸仗居、典儀唱再拝、賛者承伝、群臣再拝、次左侍従代参進、称礼畢退立、
左親王代、南殿の座より南の簀子へ退きて西へ下り、御前の当間に到て北へ向きひざまづき、膝行してすヽみより、礼畢お称し、もとの如くしつかうしてすのこへ降りて、もとの列にくははる事也、
次兵庫頭起座垂帳、鉦可擊之由申之、内弁宣令擊、兵庫頭召鉦師令擊之、執翳参進、捧翳如初、次褰帳参進垂帳、諸仗称蹕褰帳執翳等復座、天皇還御本殿、如出御儀、執柄先賜御笏、蔵人頭持之、蔵人頭献御沓、次兵庫頭起座、刀禰退鼓可令擊之由申之、内弁宣令擊、兵庫頭召鼓師令擊之、殿下諸門鼓皆応、次外弁退出、侍従退下、次内弁退出、群臣退出、伴佐伯閉門、諸衛擊解陣鉦五下、
諸の守りのつかさ陣おとく鉦お五つ打也、うち終りて左右の衛門の座、南階の次将、近衛の大将代の陣おとき退出すると雲事也、
若及昏者、主殿寮入自東西階当炉北頭炬火、殿上不挙灯、〈◯節略〉