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代始和抄
御即位事
由の奉幣といふは、御即位あるべき由お伊勢大神宮に申されんがため、神祇官に行幸ありて奉幣使おたてらるヽ事也、本儀は大内より建礼門へ行幸ありて行はるヽ事也、しかれども後三条院治暦四年即位の時、建礼門なきによりて、神祇官にして是おたてらる、しかりしよりこのかた流例となれり、諒闇の時はこの事なし、幼主の時は、摂政神祇官に参向して幣使おたつる也、建武文和の即位の時、勢州敵陣になりしによりて幣使に及ばざりしなり、
行幸の儀式は常のごとし、但御輿は葱花お用らる、葱花とは、きの花の形お金にて打て御輿のうへにすえらる、これは御神事の時の行幸に召るヽ御輿なり、又鈴の奏、警蹕、御綱お張と仰する事などもなし、是又神事の行幸の例なり、御輿は神祇官の北門より入て北庁にて下御あり、今日の御服には帛の御装束おめさる、しろき平絹の御袍なり、無文巡方の玉の帯おさし給ふ、御幘となづけて白き絹おもて御冠の巾子おゆはせ給ふ、是も御神事の時の儀式なり、次に主上御拝の座にうつりつかせ給て、両段再拝し玉ふ、これは神宮へたてまつらるヽ御幣お拝したまふよし也、次に舎人お二声めされて、少納言すなはち版位につく時、中臣忌部おめせと仰せらる、内外宮の御幣おば忌部これお取て退出す、中臣参進すれば、能申て奉進れと勅言お以て仰らる、