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聚楽物語
当君〈◯後陽成〉御即位の事
先帝正親町院の御宇には、諸国の兵乱いまだしづまらず、王城守護の武士どもヽ一とせがうちも在京せず、かなたこなたへうつりかはりければ、国々のみつぎものもとヾこほり、天下のまつりごともかれ〴〵にて、〈◯中略〉あさましき世の中にて、親王せんげの儀式もなく、御即位おなし給ふべきたよりもましまさねば、太子〈◯陽光院〉いたづらに三十年四十年の春秋おおくりたまふ事お口惜くやおぼしめしけん、いつしからう気おいたはり給ふ、大閤秀吉卿御痛はしくおぼしめし、いかにもして御なう平癒なし奉り、御位にたヽせたまふやうにと、さま〴〵御心おつくし、典薬大医におほせ付られいれうおつくしけれども御戒行やつたなくおはしけん、天正十四年七月下旬に終にかくれさせ給ふ、大閤本意なくおぼしめし、せめての御事に此君の王子〈◯後陽成〉おいそぎ御位に付たまふべきとて、同十一月廿五日に御即位おすヽめ奉り、諸国のかちはんしやうおめし上せられ、禁中お四方へひろげ、数百のむねかずおたてならべ、金銀しつほうおちりばめ、御殿へうつし奉り、御所領お付、様々の珍寳おさヽげ奉り、諸卿のたえて久敷家々おあらためたてたまひ、万すたれたる道おたヾしたまふ事こそありがたけれ、