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代始和抄
御譲位事
御国ゆづりは、天下の重事、世の替りめたるによりて、非常おいましめんために、警固固関といふ事おまづ最前に行はるヽ也、警固といふは、或は兼日、或は当日に、上卿陣に着て、六府の将佐おめして、司々かためまもりまつれと仰すれば、将佐称唯してしりぞく、是お警固となづくる也、警固は譲位にかぎらず、毎年の賀茂祭以下ことある時行はるヽ事也、固関といふは、関々おかたむる事なり、むかしは奥州の蝦夷、やヽもすれば都に乱入せんとせし事のありしによりて、その用心のため、東山東海の関おかためしむるなり、今は伊勢の鈴鹿の関、近江の逢坂の関、美濃の不破の関お専らまもらしむるなり、其儀は、大臣陣につき、内記お召て勅符つくるべきよし仰す、又弁おめして官符つくるべきよしおおほす、勅符といふは、三け国の国司のかたへ関々おかたむべきよし仰下さるヽ文なり、御画ある例もあり、又なき例も有なり、御画とは、内記が月日の間に闕字おしたる所に、宸筆にて日づけおあそばし入らるヽ事なり、官符といふは、是も三け国の国司のかたへつかはさるヽそへ文なり、勅符にも官符にもおの〳〵請印の事あり、これに又木契とて、内記におほせて、木にて割符おつくりて、上卿その国に給ふといふ四字お書て内記に給へば、内記刀と石とお随身して、二つにわりて、取合せて上卿に奉るなり、上卿さらに奏聞し、請印等の事終りて、勅符おば少納言主鈴に仰て、木の函に入て糸お以てゆひからめ、松脂にて堅く封ずるなり、木契おば内記紙にてつヽみて、おの〳〵その国の名おしるす也、内記又筥の銘お書て、革の囊に入て某国にたまふ、勅符のよし短冊お付るなり、木契の左の方おば国司の方へつかはす、右の方おば少納言にたまひて、鈴の唐櫃におさめしむ、是は固関の時に使にたまひて、其うたがひおやめんため也、固関の使には五位の人お用ふ、則左右の馬寮に仰て御馬おたまふ、上卿其使おめして、勅符木契お給ひて、その国にまかりてその関お守るべきよしお仰す、是に又内舎人一人おおの〳〵そへて、官符と駅の鈴二口とお給ふなり、