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栄花物語
二花山
時々の事どもはかなく過もて行て、七月〈◯永観二年〉すまひも近くなれば、これお若宮〈◯一条〉に見せばやと宣はすれど、おとヾ〈◯藤原兼家〉少しふさはぬ様にて過させ給に、たび〳〵おとヾまいらせ給へと、うちよりめしあれど、みだりかぜなどさま〴〵のおほんさはりども申させ給ひつヽまいらせ給はぬお、すまひちかくなりて、しきりにまいらせ給へとあればまいり給へれば、いとこまやかに御ものがたりありて、くらいにつきてことし十六年になりぬ、〈◯円融〉いまヽであべうもおもはざりつれど、月日のかぎりやあらん、かく心の〈◯原本無の字拠一本補、〉ほかにあるお、この月はすまひのことあれば、さわがしかるべければ来月ばかりにとなんおもふお、とうぐう〈◯花山〉くらいにつき給なば、わかみや〈◯一条〉おこそは春宮にはすえめとおもふに、いのりところ〴〵によくせさせて、おもひのごとくあべくいのらすべし、おろかならぬこヽろのうちおしらで、たれだれもこヽろよからぬけしきのある、いとくちおしきことなり、あまたあるおだに、人は子おばいみじきものにこそおもふなれ、ましていかでかおろかにおもはんなど、よろづあるべきことヾもおほせらるヽ、うけたまはりてかしこまりてまかで給て、にようごどの〈◯一条母后藤原詮子〉にものさヾめき申させ給て、おほんとなぶらめしよせて、こよみ御らんじて、ところ〴〵におほんいのりつかひどもたちさわぐお、かう〳〵との給はせねど、とのヽ中の人々けしきおみておもへるさま、いふもおろかにめでたし、このいへのこのきんだち、いみじうえもいはぬ御けしきどもなり、さてすまふなどにもこの君たちまいり給、おとヾのおほんこヽろのうち、はれ〴〵しうてまじらはせ給、かくて八月になりぬれば、廿七日御譲位とてのヽしる、その日になりぬれば、又みかど〈◯円融〉はおりさせ給ひぬ、とうぐうはくらいにつかせ給ぬ、東宮には梅つぼのわかみや〈◯一条〉いさせ給ぬ、いへばおろかにめでたし、世はかうこそはとみえきこえたり、おりいのみかどは、ほりかはのいんにぞおはしましける、
◯按ずるに、花山天皇は、円融天皇の皇姪にして、一条天皇は、円融天皇の皇子なり