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栄花物語
九石蔭
かくて御かど、〈◯一条〉いかでおりさせ給なむとのみおぼしの給はすれど、殿〈◯藤原道長〉の御まへゆるし聞えさせ給はぬ程に、れいならずなやましうおはしまして、いかなることにかとおぼして御つヽしみあり、まめやかにくるしうおぼしめさるれば、これよりおもらせ給やうもこそあれと、なにごともおぼしわかざるほどに、いかでともかくもと思しめさる、御物のけなどさま〴〵しげきさま也、この頃一条院にぞおはします、夏の事なれば、さらぬ人だにやすくもあらぬに、いみじうくるしげにおはしますも、見奉りつかうまつる人やすくもあらずなげく、六月七八九日〈◯寛弘八年〉の程なり、いまはかくておりいなむとおぼすお、さるべきさまにおきて給へとおほせらるれば、殿うけたまはらせ給て、春宮〈◯三条〉に御たいめんこそは例の事なれとて、思しおきてさせ給程に、東宮行啓あり、みすごしに御たいめありて、あるべき事ども申させ給、よにはおどろ〳〵しうきこえさせつれど、いとさはやかによろづの事聞えさせ給へば、世の人のそらごとおもしけるかなと宮はおぼさるべし、おほかたの御まつりごとにも、とし頃したしくなど侍りつるおのこどもに御ようい有べきものなり、みだり心ちおこたるまでも、ほいとげはべりなんとし侍り、またさらぬにてもあるべき心ちもし侍らずなど、さま〴〵あはれに申させ給ふ、春宮も御目のごはせ給べし、さてかへらせ給ぬ、うへは御心ちのくるしうおぼえさせ給まヽにも、みやの御まへおまつはし聞えさせ給へば、かたときたちさり聞え給はず、いとくるしげにおはします、御譲位六月十三日なり、十四日より御こヽちおもらせ給ふ、〈◯節略〉