[p.0547]
源平盛衰記
十二
主上鳥羽御籠居御歎事
主上〈◯高倉〉は臣下のかく成おだにも不便の事に歎き思食けるに、法皇〈◯後白河〉の御事聞召ては不斜御歎き有て、何事もおぼし召入ぬ御有様にて、日お経つヽはか〴〵しく貢御も進ず、打解御寝もなら〈◯お下恐脱ね字〉ば御心地悩しとて、常は夜のおとヾに入せ御坐たれば、后宮お始進せて、近く候はれける女房達も心苦く見進ける、内より鳥羽殿へ御書あり、世もかくなり、君も左様に御坐ん上は、位に候ても何にかは仕べき、花山法皇の御坐けん様に、国お捨、家お出て、山々寺々おも修行せんと思食とまで申させ給、〈◯下略〉
◯按ずるに、此他三条後堀河等の天皇は、災異と疾病とお以て御譲位あり、故に之お災異譲位の条に収めたり、就て看るべし、