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栄花物語
十二玉の村菊
さていらせ給ひて、日ごろおはします程に、御物忌なる日、皇后宮の御湯殿つかうまつりけるに、いかヾしけんその火いできてうちやけぬ、かヽることは、さてもよるなどこそあれ、昼なればいとかたはらいたく、心あわたヾしきこと多かり、よるひるきびしく仰せられて、急ぎ造りみがきていらせ給ひて、一月にだにならぬにかヽることはあるものか、これにつけてもみかど、〈◯三条〉世の中お心ぼそくおぼしめさるヽことかぎりなし、うへはおりさせ給はんとて、かく急がせ給ひしかども、すべて心うくかヽる事のあるおぞ、うちの焼ることは度々なり、一条院の御時などたび〳〵なりしかど、此度のやうにあへなきやうなし、おりさせ給はんことも、ためしにもなりぬべきことおおぼしめすことわりになん、かヽるほどに御こヽち例ならずのみおはします、うちにもものヽさとしなど、うたてあるまであれば、御物忌がちなり、年はいくばくもあらねば、こヽろあわたヾしきやうなれど、いと悩ましくおぼしめさるヽにぞ、いかにせましとおぼしやすらはせ給ふ、しはすの十よ日、月のいみじうあかきに、うへの御局にて、宮のおまへに申させ給ふ、
心にもあらでうき世にながらへば恋しかるべきよはの月哉、長和五年正月十九日御譲位、〈◯節略〉