[p.0551][p.0552]
増鏡
八飛鳥川
大かた今年〈◯文永十年〉は、ないしげくふり、世の中さわがしきやうなれば、つヽしみおぼされて、十月十五日より、円満院の二品親王内にさぶらひ給ひて、尊星王の御修法つとめたまふに、廿日のよひ、二の対より火いできたり、あさましともいはむかたなし、上下立騒ぎのヽしるさま思ひやるべし、〈◯中略〉上〈◯亀山〉は腰輿にて押小路殿へ行幸なりぬ、法親王は修法のつよきゆえに、かヽる事はあるなりとぞのたまはせける、この四月に御わたましありつるに、いくほどなうかかるは、げにいみじきわざなれど、むかしも三条院位の御時かとよ、大内造りたてられて、御わたましの夜こそ、やがて火いで来て焼にしこともあれば、これより重き大事もあるべかりけるに、かはりたらんはいかヾせん、かくてことしもくれぬ、上はいよ〳〵世の中心あわたヾしうおぼされて、おりいなんの御心づかひすめり、