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大鏡

朱雀院の母、〈◯穏子〉いうにおはしますとこそはいはれさせ給ひしかども、将門が乱などいできて、おそれすぐさせおはしましヽほどに、やがてかはらせ給ひにしぞかし、そのほどの事のありさまこそいとあやしう侍りけれ、母后の御もとに行幸せさせ給へりしお、かヽる御ありさまの思ふやうにめでたくうれしき事など奏せさせ給ひて、今は春宮〈◯村上〉ぞかくて見きこえさせまほしきと申させ給ひけるに、心もとなく、いそぎおぼしめす事にこそありけれとて、ほどなくゆづりきこえさせ給ひけるに、きさいの宮はさ思ひても申さヾりし事おたヾゆくすえの事おこそ思ひしかとて、いみじくなかせ給ひけり、さておりさせ給ひて後、人々のなげきけるお御らんじて、院〈◯朱雀〉より后宮にきこえさせ給へりし、くにゆづりの日、
 日のひかりいでそふけふのしぐるヽはいづれのかたのやまべなるらん、きさいのみやの御返し、
 しらくものおりいるかたやしぐるらんおなじみ山のひかりながらに、などぞきこえ侍りし、
院は数月綾綺殿にこそはおはしましヽか、のちにはすこしくいおぼしめすことありて、位にかへりつかせ給ふ御いのりなどせさせ給ひけりとあるはまことにや、