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増鏡
六おりいる雲
そのとし〈◯正元元年〉の八月廿八日、春宮〈◯亀山〉十一にて御げんぶくし給、御いみな恒仁ときこゆ、世の中にやう〳〵ほのめきヽこゆる事あれば、御門〈◯後深草〉はあかず心ぼそうおぼされて、〈◯中略〉十一月廿六日、おりいさせ給に、空のけしきさへあはれに雨うちそヽぎて、物がなしく見えければ、伊勢のごがあひも思はぬもヽしきお、といひけんふる事さへいまの心ちして、心ぼそくおぼゆ、うへもおぼしまうけ給へれど、剣璽のいでさせ給ほど、つねの御ゆきに御身おはなれざりつるならひ、十三年の御なごり、引わかるヽはなほいとあはれにしのびがたき御けしきお、かなしと見たてまつりて弁内侍、 いまはとておりいる雲のしぐるれば心のうちぞかきくらしける