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世継物語

去程に陽成院位につかせ給ひて、物にくるはせ給やうにて、けうふしぎのまつり事おせさせ給へば、すべきかたなくて、関白殿〈◯藤原基経〉お初て、世はうせなんと歎きあひ給へどかなはず、いきたるものどもおとりあつめて、くちなはに蛙おいくらともなくのませ、猫に鼠おとらせ、犬猿などおたヽかはしつヽころさせ給だにあるに、はてには人お木にのぼせさせ給て、うちころさせ給つヽ、いくらともなく人しぬるに、関白にて昭宣公〈◯基経〉なげきていまはすぢなし、位おおろし参らせんとおぼして、さりぬべき宮たち、又ちかき御門の御ぞうの源氏に成給へるなどおみありき給に、宮達は心えてよく見えんとつくろひきらめきあひ給へり、つぎつぎ敷いみじきおこれもわろし、是もよくも見えずとおぼして、小松の宮へ参上のよし申させ給へば、さきかせ給ぬとてしばしありていれ奉りて、とみに出させ給はず、けだかく物し給ふとおぼす程にぞいで給へる、ふるめき神さびて御なおしもき給はず、したりがほなるさまにて何事にたちよらせ給ひたるぞとて、物の給ひたるさまもかくおはします、位につかせ給たらんにかしこくおはしましなんと見奉り給て、かう〳〵と申給へば、いつばかりと問せ給へば、程へばあしくさふらひぬべければ、あさて日もよく侍ふ、其日とてまかで給ひぬ、さてうちにまいり給へれば、木に人おのぼせてうちころしたるおけうじて人々笑、われもわらひ入ておはします、いとあさまし、おとヾ申給、つれ〴〵に侍らへば、くらべむまのせんとし侍ふに、行幸して御覧すべきよし申給に、いみじうよろこばせ給て、いつばかりと仰らるれば、あさてと申給へば、よろこびていつしかとまたせ給ふ、其日になりぬれば、かんたちめ殿上人せうせうまいりて、よき人々おばえりとヾめて、年老すえあるまじき人々つかうまつりて、陽成院といふ所に御輿よせておろし奉りつ、さて後にぞ物くるはしく人おさへころさせ給て、世のうせ侍ひぬべければ、おろしまいらせつるぞと申かけけるお聞せ給てぞ、かなしき事かなとておう〳〵とおめかせ給ひたりける、さてやがて昭宣公おはじめ奉りて、百官引つれて御輿ぐして、小松の宮へまいらせ給ぬるめでたくいみじ、御輿よせたるに、行幸には是にはのらぬ物お、今一にこそのれと仰られければ、おりさせ給ぬるおのせ奉りてさふらへば、此御輿おもてまいりて侍ふと申させ給へば、さきかせ給ひてぞ奉りける、さ仰られけるおうへのきかせ給て、年比わびしくならひたる心に所せくや人の思はんとあやうくおぼして、なにの輿成ともたヾのらせ給へかしとぞ、はせつきて申給ける、