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古今著聞集
十四遊覧
亭子院〈◯宇多〉御時、昌泰元年九月十一日、大井河に行幸ありて、紀貫之和歌の仮字序かけり、
あはれ我君の御代、なが月の九日ときのふいひて、残れる菊みたまはん、又暮ぬべき秋おおしみたまはんとて、月の桂のこなた、春の梅津より御船よそひて、渡し守お召て、夕月夜おぐらの山のほとり、行水のおほ井の河辺に行幸したまへば、久方の空にはたなびける雲もなく、みゆきおまち、流るヽ水は、底に濁れるちりなくて、おほん心にぞかなへるとみことのりして仰せたまふことは、秋の水にうかびては流るヽ木の葉とあやまたれ、秋の山お見ればおる人なき錦とおもほえ、もみぢの葉の嵐にちりて曇らぬ雨ときこえ、菊の花の岸に残れるお空なる星と驚き、霜の鶴河辺に立て雲のおるかと疑はれ、夕の猿山の峡になきて人の涙お落し、旅の雁雲路にまどひて玉づさと見え、遊ぶかもめ水に住て人になれたり、入江の松幾代へぬらんといふ事おぞよませたまふ、我ら短き心のこのもかのもにまどひ、拙きことのは吹風の空よりみだれつヽ、草の葉の露とヽもになみだおち、岩浪とヽもによろこぼしき心ぞ立帰る、もし此ことのは世の末迄残り、今お昔にくらべて、後の今日おきかん人、あまのたく縄くり返し、忍ぶの草の忍ばざらめや、