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栄花物語
十一莟花
九月〈◯長和二年〉にもなりぬれば、行幸〈◯三条〉のこと、けふあすのほどにいそがせ給ふこといみじ、みや〈◯三条中宮妍子〉のにようばうのなりいみじきに、かんのとの〈◯三条皇后威子〉の御かた、とのヽうへ〈◯藤原道長妻倫子〉の御かた、われも〳〵とのヽしることいみじ、ふねのがくなどいみじくとヽのへさせ給へり、行幸のありさまみなれいのさほうなればかきつヾくまじ、おほみやの東宮〈◯後一条〉のむまれさせ給へりしのちの行幸、たヾそのまヽのありさまなり、とのヽありさまいみじくおもしろし、なかじまのまつのつたのもみぢなど、つねのとしはいとかうしもあらねど、よのけしきにしたがふにや、いみじくさかりに、いろ〳〵のめでたくみゆるに、えましうそヾろさむし、うへの御らんずるに、御めもおよばずめでたうおぼしめさるヽに、ふねのがくどものまひいでたるなど、おほかたこヽのことヽはおぼしめされず、いみじく御らんぜらる、まつのかぜきんおしらぶるにきこえ、よろずおもしろくふきあはせたり、みすぎはのにようばうのなり、いへばえならぬにほひどもなり、いらせ給ていつしかとわかみや〈◯三条皇女禎子〉おいづらはと申させ給へば、とのの御まへ〈◯藤原道長〉いだきたてまつらせ給て候はせ給へれば、いだきとりたてまつらせ給て、みたてまつらせ給へば、ふくよかにうつくしうおはしまして、御ぐしふりわけにおはしますお御らんじおどろかせ給て、いかになどきこえさせ給へば、御ものがたりおこえだかにせさせ給て、うちえみ〳〵せさせ給へば、あなうつくししり給へるにこそあめれ、まだかヽる人おこそみざりつれ、うたてあまりゆヽしき御かみかな、ことしすぎばいたけにもなりぬべかめりなどおほせられて、いみじくうつくしげにきこえさせ給、〈◯中略〉かヽるほどに日もくれぬれば、かんだちへの御あそびになりぬるが、いみじくなつかしくおもしろきに、なかじまのものヽねなど、ものはるかにきこゆるに、なみのこえまつのかぜなどもさま〴〵にいみじや、とみにいでさせ給まじき御けしきなれば、とのいらせ給て、よにいりはべりぬ、かばかりおもしろきあそびども御らんぜんと申させ給へば、いとおもしろしときヽはべり、がくのこえはきくこそおもしろけれ、見るはおかしうやはある、さまざまのまひどもはみなみはべりぬと、いとのどかにの給はすれば、すげなくていでさせ給ぬ、むげによに入ぬれば、そヽのかし申させ給へば、しぶ〳〵におきさせ給とて、なほとくいらせ給へけふあすのほどにと、かへす〴〵きこえさせ給て出させ給ぬ、かくてさだいしやう〈◯藤原実資〉めして、このいへのこのきんだちのくらいまし、とのヽいへづかさどもの加階せさせ、又わかみやの御めのとのかうふりゆるべきことなどかきいでさせ給て、みや〈◯妍子〉の御まへにはけいせさせ給、とのはやがて御まへにて舞踏し給、わかみやの御めのとかうぶり給はり、あふみのないしはかかいおぞせさせ給へる、かくて御おくりもの、かんたちへてんじやう人などのおくりもの、れいのことヾもおもひやるべし、よろづあさましくめでたきとのヽありさまなり、このつちみかどどのにいくそたび行幸あり、あまたのきさきいでいらせ給ぬらんと、よのあえものにきこえつべきとのなり、これお勝地といふなりけり、これおえいぐわといふにこそあめれと、あやしのものどものしもおかぎれるしなどもヽ、よろこびえみさかえたり、