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増鏡
十七月草の花
かの嶋〈◯隠岐〉には、〈◯中略〉然るべき時の至れるにや、御垣守に侍らふつはものどもヽ、御けしきおほの心えて、なびきつかうまつらんと思ひ心つきにければ、さるべき限りかたらひ合せて、同じ月の廿四日〈◯元弘三年閏二月〉の明ぼのに、いみじくたばかりて、かくろへいて奉る、いとあやしげなるあまの釣舟のさまに見せて、夜深き空のくらまぎれにおし出すしも、霧いみじうふりて行先もみえず、いかさまならんとあやうけれど、御心おしづめて念じ給ふに、思ふ方の風さへふきすヽみて、其日の申の時に、出雲国につかせ給ひぬ、こヽにて人々こヽちしづめける、同じ廿五日、伯耆国稲津浦といふ処へ移らせ給へり、此国に那波の又太郎長年といひて、あやしき民なれど、いとまうにとめるが、類広く心もさか〳〵しくむね〳〵しき者なり、彼がもとへ宣旨おつかはしたるに、いとかたじけなしと思ひて、とりあへず五百余騎の勢にて御迎へに参れり、〈◯中略〉舟上寺といふ処へおはしまさせて、九重の宮になずらふ、